永六輔、大橋巨泉が相次いで亡くなったと聞いてなんだか淋しい気持ちになった。戦後民主主義とか普遍的価値としての自由、多様性を許容する幅…そんな気風を体現していた人達だと思うから。ユーモア感覚も含めて。日本と亜米利加の間で、テレビという新興のメディアで時代を作り、ときに時代そのものをおちょくってみたり。テレビ創成期の放送作家の質は凄かったと思う。1930年代初頭生まれ、同世代の早稲田の流れですよね。永、巨泉、青島幸男、中村八大、野末陳平、野坂昭如…という。野末さん以外はこの世にもういない。さらに、現政権や現代日本への立ち位置も含めて、戦争体験者、戦前戦後の変わり身を経験した者にしかわからない感覚もあったような。これは想像力の問題だと思うので、わからない人にはわからないのかもしれない。もちろん私も経験者ではないから実のところはわからない。
永さんの先祖が江戸時代に中国から渡来したお坊さん永(ヨン)さんだった、ということも、何だか彼の立ち位置を示すものでありそうだ。日本に対して、どこかヨソモノのような立ち位置を持ちつつも、それからずっと日本に根ざして住んできたわけですから、そんじょそこらの東京人とは違う、江戸っ子を自負する側面もあるという。まあ縄文弥生まで遡りますと、現在日本に住む人の9割以上が現在の中国、朝鮮半島からの渡来人であったわけですから、ことさら日本にこだわるのもどうかとは常々思うんですが、この自由な立ち位置から学ぶべきものはある。
そんな彼の作詞した”上を向いて歩こう”が、坂本九の歌で1963年に全米No.1を記録し、それが現在、高度経済成長期の日本を代表する楽曲として消費されて、ノスタルジーをかき立てるどころか、ナショナリズムをも慰撫していることを彼はどう捉えていたのだろうか。まあ悪い気分はしなかったと思うけれど。
てなわけで、六八九コンビで一世を風靡した永六輔の自演盤『六輔その世界 生きているということは』を。1974年、永が40を回った頃のリリース。全作詞永六輔、全作曲・編曲は中村八大。”こんにちは赤ちゃん”を朗々と歌う永自身のボーカルはお世辞にも上手いとは言えないけれど(とはいえ下手でもない)…木訥としたタッチはオリジナル歌手とは違った味わいがある。”黒い花びら〜黄昏のビギン〜恋のカクテル”の名曲メドレーも。田辺靖雄・梓みちよが歌った”いつもの小道で”は永と由紀さおりで歌う。タイトル曲(”生きているということは”)は時代を反映してかフォーク風だけれど、自作自演歌手の登場で歌謡曲から引退したという永ながら、シンガー・ソングライターとして対抗した曲のようにも聴こえる。「生きているということは 誰かに借りを作ること 生きているということは その借りを返してゆくこと」なーんてフレーズ、いいですね。他にも過去音源も含めつつデューク・エイセス(”幼ななじみ”など)、ジェリー藤尾(”遠くへ行きたい”)、坂本九(”上を向いて歩こう”)が加わる一方で、永本人のDJでの軽妙なトークや、淀川長治の教えから生まれた”嫌いな人には逢ったことが無い”(スタンダード風!)では淀川さん自身の語りも入っていたり。”たこ酢で一杯”はウェスタン・スウィングっぽいコミック・ソングでゴキゲン。
ちなみに坂本九もひっぱり出してきたけれど、『九ちゃんのベスト・ヒット・パレード』は東芝のペラジャケでなんだか好きだ。リリースは1970年かな。私が小学校の頃は”レットキス”でレクリエーションとかやったんですよね。吉本のリメイクもあった”明日があるさ”、”幸せなら手をたたこう”、”見上げてごらん夜の星を”、そしてパラダイス・キング時代の”悲しき六十才”、”すてきなタイミング”…1960年代前半の典型的なアメリカン・ポップスの音ですね。
あとこちらは”上を向いて歩こう(SUKIYAKI)”が世界的にヒットした時にリリースされた『SUKIYAKI AND OTHER JAPANESE HITS』。手元にあるのはドイツ・オリジナル盤だから、ドイツでもリリースされていたということだ。「坂本」じゃなくて「坂木九の唄う 日本のヒット歌集」となっているのは面白い。2曲目が「ツンツン節」なんだけれど、この辺りは流石にエキゾチックに聴かれたんじゃないだろうか。ずっこけたかもしれないけれど。
ちなみに坂本九は1979年に六八九コンビの再結成盤『689』をリリースしている。こちらは2011年のCD化の際にかつての作品を含めて2枚組コンプリート盤がリリースされた。この再結成盤は結構期待して聴いたのだけれど、悪くはないが…という印象だった。
『6輔+8大 14ヒット(永六輔−中村八大傑作集)』は水原弘”黒い花びら””黄昏のビギン”、坂本九”上を向いて歩こう”、ジェリー藤尾”遠くへ行きたい”、デューク・エイセス”おさななじみ”、坂本スミ子”夢で逢いましょう”辺りの大名曲をオリジナル歌唱でまとめて楽しめる好盤。
あと、コレはいわゆるミューザク的なムード盤だけれど『ウナ セラ ディ東京 上を向いて歩こう 星降る公園』というレコードには中村八大クワルテットの演奏する”上を向いて歩こう”(鈴木邦彦編曲)が収録されている。妙に弾んでポップなアレンジがちょっと面白い。他にも永六輔関連盤と言うと、高石ともやと一緒にやった宵々山コンサートとか、レコードに記録されたものも他にもあるけれど、それはまたどこかで。