/ RevivalⅡ (Imperial Records 1077 / 2004)
稲垣潤一と言えばクリスマス、というのは逃れられない事実であるにしても、バブリーなイメージに付きまとわれていて少々可哀愁にも思える。ファンもそういうものを求めすぎているのかもしれない。透明感のある歌声と万年青年風の風貌が若い印象を与えるが、もう十分過ぎるほどのベテラン。テイチクに移籍してからというもの、打ち込みのR&Bっぽい音が彼の細い声を埋もれさせてしまい、イマイチさえない印象を与えていた。筒美京平と再びがっぷり四つに組んだ2005年の新作「Unchained Melody」は筒美ファン大注目の作だったが、曲はとてもいいもののオケがイマイチで残念な思いをした。それに比べると、2004年の本作は、60〜80年代の邦楽洋楽のカバー集という体裁をとっているが、ジャパニーズポップス−いわゆるJ−POP−とは何なのか、がよくわかる素晴らしいミニアルバムとなっていた。
稲垣潤一が”バチェラー・ガール”、”恋するカレン”、”カナリア諸島にて”という大滝詠一作品に取り組んできたことは知られているが、それは単にウェットな声質に近いものがあるというだけではないだろう。欧米のポップスの美しいメロディをいかに日本語に違和感無く載せるかという、戦後日本のポピュラー音楽シーンの歩み ―大滝ももちろん意識しないわけにはいかなかった― を考えてみると、日本語ロック論争などという余り意味の無い論争が繰り広げられるより前に、既に漣健児がカバーポップスという形で、日本語と外国語の滑らかなマッチングを成功させていた。なにしろ60年代当時の日本におけるカバーポップスというと、絶えず本家を意識せざるをえず追いつくことすらかなわなかった70年代初頭のニューロックとは決定的に異なり、むしろ本家以上の人気を集めることができたのである。大滝詠一はニューロック時代にキャリアをスタートさせ、1981年に現在のJ−POPのルーツのひとつとなる『ロング・ヴァケイション』をリリースするのだが、これは欧米のポップスの型に日本語を載せた”80年代版カバーポップス”だったと言えるだろう。一部のマニアは”元ネタ探し”にほくそ笑んだかもしれないが、大多数のリスナーが本家を意識して聴きはしなかった。もちろん現在のJ−POPも大多数が本家を意識せずに聴いていない。
長くなったが稲垣の本作は、近頃の本家を意識せざるを得ない安直な「カバー集」などではなく、カバーポップスの流れを汲む作品なのである。遅咲きのデビューを果たすまで欧米のポップスをクラブで歌い続けていた彼には、レコードを作る際に初めて日本語で歌ったというエピソードがある。そんな彼、実はカバーポップスの要領でヒットレコードを作ってきた。Michael McDonaldのリフを応用した初期のAOR作品も、日本語詞をつけたMarty Balinの楽曲にしても、本家を意識するどころか全く歌謡曲にしか聞こえなかったりしたわけで、方法論は大滝とおんなじカバーポップスだったというわけである。アルバムのスーパーヴァイザーが大滝のロンバケも、稲垣の本作も、同様朝妻一郎であったという事実がそのこととは無縁ではないように思える。
さて、具体的に本作で面白いのはM-2”Heartbreaker”(The BeeGeesのGibb兄弟の楽曲で、ご存知Dionne Warwickのヒット曲)、The StylisticsのM-3”You Make Me Feel Brand New”そしてEric CarmenのM-4"恋にノータッチ"の日本語カバーなのだ。これが笑ってしまうくらいにうまくハマっている。オリジナリティを神聖視するビートルズ以後のロックの価値観からすると、有名曲の日本語カバーだなんてチリほどの価値はないと鼻で笑われそうなのだが、本当にびっくりするくらい良い。これほどの有名曲であるにも関わらず、オリジナルを意識しなくてすむカバーポップスの次元にまで高めた手腕は実にお見事。稲垣がキャリアのスタートから現在まで追求している音とはコレなのではないかと思う。邦楽の選曲も意外で、M-1は松本隆−鈴木茂の”微熱少年”、M-5はロンバケと競った寺尾聡のモンスターヒット作「Reflections」より激渋な”シャドー・シティ”なんかを選曲。その他、M-6はシュガーベイブもコーラス参加した丸山圭子「黄昏めもりい」より大ヒットした”どうぞこのまま”を。そしてラストはエンニオ・モリコーネの情熱的なM-7”Go Kart Twist〜太陽の下の18才〜”(サンライトツイスト)を60’sエレキサウンドで再現する。最後は種明かし用のモノホンのカバーポップスだ。本当に良い出来。
最後にメンバーを紹介すると、山下達郎のバッキングでも知られる難波弘之が編曲・キーボード、パーカッションとサウンドプロデュースは斉藤ノブ、ギターは土方隆行、ベースは松原秀樹、ドラムスは江口信夫という布陣。ライブ感溢れる生演奏に拘った作りも好感が持てる。