いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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『日本教育新聞』2019年3月18日 都筑 学(中央大学教授)「先哲から学ぶ人生の知恵」
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 大滝詠一

markrock2016-03-25

/ Debut Again( Sony / 2016 )

デビュー・アゲン、日本語タイトルが『レッツ・オンド・アゲン』同様「アゲン」表記になっているのがまた何とも。しかしジャケは初めて見ましたが、こうした80年代当時の写真が残っているというのも、なんだか計り知れないものを感じたり。観葉植物があるオフィスにタイプライターとちょんまげ、っていう和洋折衷感も80年代という時代感覚が表れていて面白いと思う。細野さんに比べてドメスティックなのもまた、戦後日本文化の両面を表しているようで面白い。だからこそ大滝さんの楽曲の方が国民歌謡になれた、という。歌い回しにこぶしの感覚もあるし。

さて、そんな大瀧詠一による国民歌謡、大滝詠一ソングブックってな体裁のセルフカバー盤。届いてから毎日何気なく聴いている。悪いわけがないです。



前のブログの記事に「関係者の思いが篭められた作品なのかな」なんて書いたけれど、それももちろんあるとは思うけれど、側近スタッフすら知らなかった自身歌唱音源が自宅スタジオで発見された、という経緯がちょっと気になったりもした。実際、人間は死んだら墓場には何にも持って行けないわけだけれど、こうした秘蔵音源を大滝さんは墓場まで持って行こうとしてたかもしれないし(笑)。なんか墓場を漁って出てきた音源のようにも思えて。たぶん勝手に棚を漁ろうものなら、大滝さんむっちゃ怒りそうだしね…とか何とか妄想しながら聴いているけれど、まあ、悪いわけがないんですね。



不思議なのは、冒頭”熱き心にからして歌い回しが違う部分があること。仮歌とも違うヴァージョンが含まれていたということなので、自身ヴァージョンは微妙に節回しを変えていたか、あるいはレコーディングで歌わせたヴァージョンで歌い手が自分なりに歌ったものをそのままイキにしたってことなのかもしれない。レコーディングは生ものだし。とはいえ”熱き心に”は、小林旭ですから、適当に仮歌聴いて、自分なりの節回しで歌って、大滝さんもアキラさんならいいかな、ってことでそれはそれでナットクして、ねじ伏せちゃったんじゃないかな、とも思ったり。一方、ラッツ&スター鈴木雅之は流石、師匠・大滝のデモを丁寧になぞっていたんだな、と思った。先日のNHK『SONGS』も感動的だったけれえど、素晴らしいボーカリストだ。



ロンバケ、イーチ・タイムと並べて聴けるレコーディングの質、という意味では”熱き心に”、”怪盗ルビイ”、”Tシャツに口紅”、”星空のサーカス”が良かった。ボーカルの潤いやノリの面で言っても。1983年の西武球場公演用のオケだという”探偵物語”、”すこしだけ やさしく”、1981年のヘッドフォン・コンサートのライブ音源”風立ちぬ”(当時のラジオ音源のナレーションを聴き慣れすぎて、それがないと逆に変な感じがした)はボーカルがちょっとオケに埋もれていてそれこそライブっぽい感じ。”うれしい予感”のデモは90年代音源ということで、初回限定盤のボーナス・トラックとか、2枚の単発シングルと並べて聴いてみても面白そうだなと思ったり。それにしても言うまでもなく、歌が上手い!もっと言うと、はっぴいえんど時代よりも明らかに上手くなっている。90年代にはいると、ブランクや年齢のこともあり、ボーカルの艶みたいなものは消えてしまうんだけど(あるいはエコー感のせいか70年代に逆戻りした感じ?)、80年代はやっぱり凄かった。



Disc2の90年代のリハビリ・セッション、エルヴィスのカバーだとか、私の天竺(My Blue Heaven)とか、ロックン・ロールのルーツを辿る「ポップス伝」の仕事などとも重なり合うもの。ユーロビートだとか打ち込みモノが一世を風靡していた時代に、もう一度本生のビートを蘇らせようとしたわけで。でも、90年代にアラン・ジャクソンがカバーした”Tall Tall Trees”を取り上げた「Tall Tall Trees〜Nothing Can Stop Me」(ロジャー・ミラー、ジョージ・ジャクソンのカバー)を聴いていると、60年代のロッカーが、カントリーのフィールドで再起していた80年代後半から90年代という、あの時代の雰囲気を思い出した。大滝も、クリス・ヒルマンも、ジミー・グリフィンも…ロック世代の感性を共有していたのではなかろうか。あと、ドリーミーなイメージで括られるアメリカン・ポップスの中にあるカントリー・ミュージックがもつ甘さ(個人的にはこの辺りは、近年ルーツ探究をやり続けてやっと分かってきたところではあるけれど)、こんな部分をもう一度追求してみようと思ったのではないかな。そんなリハビリ、ルーツ参照が結果的には「幸せな結末」(はっぴいえんど)として結実した、と。



全曲にミュージシャンのクレジットがなかったのが残念だけれど(ご本人がいないと分からないのかも)、ロックンロール・オーケストラの指揮者としての勇姿をこの目に刻んでおきたい。しかし中学生の時に初めて聴いたロンバケ(まさか大滝さんの風貌があんな感じだとは思わなかったけれど)、色んな想像力をかき立てくれた。ジャケットと歌詞と、サウンドと声と。その声は音の壁の前に溶けてしまいそうで。学校から帰って、窓の外を見ながら、ちょっと不安で物憂げな気持ちを抱えつつ聴いて…そんな心性に今もすぐにフラッシュバックできる。