スティーヴィー・ワンダーやトニー・ベネットらの歌唱で知られる”For Once In My Life”の作曲者、マーデン・オーランドのレコード。楽曲の知名度に比べると、この人はイマイチ知られていない。オーランドと聞けば、トニー・オーランドが出てきてしまう。
その”For Once In My Life”、作詞はロン・ミラー。ベリー・ゴーディによりバーで演奏しているところを見出され、モータウンに雇われた人。スティーヴィーの”A Place in the Sun”や”Yester-Me, Yester-You, Yesterday”、ダイアナ・ロスの” Touch Me in the Morning”、そしてシャーリーンの”I've Never Been To Me”が代表作だ。
初出は1966年のバーバラ・マクネア、その後もフォー・トップス、テンプテーションズが取り上げ、そのモータウンの流れで1968年にスティーヴィー・ワンダーがアップテンポのアレンジで大ヒットさせる。さらにジャズ畑ではカーメン・マクレエ、トニー・ベネット、ナンシー・ウィルソン(この人はソウルとクロスオーバーだけど)、デラ・リーズが取り上げて、あのフランク・シナトラも歌っている。70年代にはいると、MORの名曲と言った風情でそれこそアンディ・ウィリアムス、ビル・メドレー、ポール・アンカ、O.C.スミス、サミー・デイヴィス・ジュニア…と大御所が取り上げる曲になって。カバーは270を超えるようだ。そう、トニー・ベネットの起死回生作2006年の『Duets: An American Classic』におけるスティーヴィーとのデュエット・ヴァージョンはグラミーを獲ったし、2015年のスティーヴィー・ワンダー・トリビュート・ライブにおけるトニー歌唱の解釈も、兎にも角にも圧倒的だった。
さて、作曲者のオーランド・マーデンだけれど、ロン・ミラーと比べて情報が少ない。この1970年のこのレコード『Harp, Voice And Tears 』の裏ジャケにはトム・ジョーンズの「アメリカ初の男性トーチ・シンガーが、彼にしかできないように、歌い演奏する」というありきたりなコメントが寄せられているだけで。聴いた感じはクラブのジャズ歌手という雰囲気。でもこの盤が凄いのは、伸びやかでムーディな「声」と「ハープ」だけの共演だということ。しかも、ハープはオーランドの弾き語りによるものらしい。完全に夜のレコード、という感じ。マーデン&ミラーの共作”Carousel”の他、スタンダードや、意外にもジョニ・ミッチェルのカバー”Both Sides Now”を取り上げている。ハープは日本の琴のように優美に響く瞬間もあって、エコーがかったマーデンの声と共に深い余韻を残す。