いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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 James Taylor / Before This World ( Concord /2015 )

markrock2015-06-24



70年代のシンガー・ソングライター・ファンにとっては、大物のリリースが相次いでいる感もある。JDサウザージェイムス・テイラー、そして2002年の日本公演が書き下ろし新作を制作する活力になったというまさかのエリック・カズ。リンダ・ロンシュタットなんていう縦糸でも括れる三人だけれど、そこにジミー・ウェッブの”Adios”のカバーでコーラス・アレンジを担当したという縁でブライアン・ウィルソンの新作『No Pier Pressure』を加えてもいいかな。個人的にはこれらは久々に日本盤CDを買った新作でもあった。旧作LPは相変わらず増え続けているし、新作もLPずくしだったもので。



ジェイムスの新作はそれにしても13年ぶりなんですか。オリジナル・アルバムだと『October Road』以来。ずいぶん隔世の感がある。時代も変わり、音楽産業を巡る状況も激変。業界は明らかに縮小し、YouTubeや定額サービスで音楽を聴くのが主流になった。さらにCDはCDの価値を維持するべく、昔だったらブートまがいとも言えるライブ盤だって堂々とリリースされるようになった。権利の切れた旧作の愛のない再発や、オリジナル・アルバムの安価すぎる5枚〜10枚パッケージに至ってはもう完全に食傷気味なくらいだ。JTレベルだと、コーラス参加作なども含めて、それこそ必死に1枚1枚集めて聴き入ったものだけれど、この13年でそれもやめてしまったな。さらにアメリカという国の置かれている状況も大分変わってしまった。



そんな風にいろいろ思いながら1曲目”Today Today Today”を聴いたら、なんだか久しぶりに安心したというか…慢性的な不安が消えたというか。



「なんとかぼくは死なずにすんだ 流れに乗ろうとしていた頃とおんなじ気持ちでいるんだ プライドを初めて売ったあの時と…」



「前進あるのみ ぼくの心は恐れるものなどなく自由だ ここにぼくの旗を立てよう トゥデイ トゥデイ トゥデイ…」



今日の現実世界やアメリカの時代状況の中で、67才のジェイムス・テイラーからこんなに前向きなメッセージが飛び出してくるとは思いもよらなかったものだから、何だかじーんと来るものがあった。



さらにタイトル曲”Before This World”(スティング、ヨーヨー・マが参加)は、キリスト教的な天地創造以前の世界(before this world)を想像したうえで、現実を乗り越えんとする祈りの歌であるように聞こえた。



「行く末がどうなるか 誰が想像できようか (迷える)子羊よ 気にすることはない」



「世界は古くなり いつまでも続かない われわれの喜びの取り分は 過去の一瞬にあるんだ」



様々な音楽批評家たちが、自分にとってのあるべき音楽を命がけで語る。それは悪いことではない。私の考える一流の音楽家の条件はというと、「いま」「ここ」にある「時代」というものを詩や音で真摯に描くことができる、ということだ。もっとも小説家だろうが学者だろうがそれは変わらない。大体突き詰めれば考えていることは同じだと思うから。そんな意味でもジェイムスは一級のソングライターなのだ、という思いを改めて強くした。



90年代の『Hourglass』に始まる、チェリスト、ヨー・ヨー・マとの共演はアパラチアン・ジャーニーのシリーズで聴いた頃まではフォークとクラシックの共演、という風にしか聴こえなかったけれど、よく考えてみるとフィドルの入ったカントリー・ミュージックのような郷愁を感じるアメリカーナの響きだし、ジェイムスも自身の音楽との相性の良さを感じていたのだろう。本作にもスティーヴ・ガッドやマイケル・ランドウ、ジミー・ジョンソンといった旧来の常連に加えて、フィドルアンドレア・ゾンがバンドに入っている。そんなわけで、現代のカントリー・ミュージックに近い音作りだと思う楽曲もあったり。ジェイムスの声は年齢のせいかハリがなくなって少しロウになったかな、と思った瞬間もあったけれど、聴き進めていけば不思議に昔と変わらない。楽曲も地味なようで、彼がこの作品を今ここで世に問うた理由がよくわかる。67才で枯れた創作意欲を蘇らせるには腰を据える必要があったのだろう。クリスマス・アルバムに単独ライブ盤(http://d.hatena.ne.jp/markrock/20080115)、カバー集(http://d.hatena.ne.jp/markrock/20081004)にキャロル・キングとの共演盤(http://d.hatena.ne.jp/markrock/20100524)と続いた彼がわざわざ新しい曲を作るために家族と離れてしばし環境を変えたという気持ちも良くわかった。

多くのアメリカ人にとっての”Far Afghanistan(遠いアフガニスタン)”は、日本人が中国や韓国を心理的に遠く思う気持ちと一緒だろうと思ったりもした(60〜70年代に活躍したアメリカのソングライターの多くがリベラルの立場からイラク戦争を批判したこともあったけれど、ムスリムを理解しようとしない状況は余りにも変わっていない)。そんな少々政治的なテーマも含めて、ジェイムスのアコギを目立たせたミックスといい、フォークの色彩の強いアルバムだと思えてきた。ボストン・レッドソックス賛歌”Angels Of Fenway”もフォーク的な語り物だったし、ラストのスコットランド民謡”Wild Mountain Thyme”(キャロライン、ヘンリーという妻・子の家族共演)もアメリカの移民のルーツを感じさせる意味でも象徴的な楽曲だった。さらに日本盤ボーナスには1999年のアウトテイクでウディ・ガスリーの”Pretty Boy Floyd”、ランブリン・ジャック・エリオットの十八番だった”Diamond Joe”を歌っていたり。(ちなみにもう1つのボーナス曲”I Can’t Help It (If I’m Still In Love With You)”はハンク・ウィリアムスのカバーで旧友ダニー・クーチとジェイムスが二人で演奏した2003年のアウトテイク。)先日今更ながら60年代初頭のグリニッジ・ビレッジを舞台にした映画インサイド・ルーウィン・デイヴィス』(モデルはデイヴ・ヴァン・ロンク!)を観たのだけれど、そんな気分とも個人的には繋がった。

(追記) ジェイムス・テイラーメーリングリストの記事を見ていたら、ビルボード初登場1位を記録したとのこと。11枚のアルバムがトップ10入りしている彼のキャリアにとってに意外にも初めてのアルバム・チャート1位であるらしい。