いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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 Philip Cody / Laughing Sandwich ( RCA Kirshner KES-113 / 1971 )

markrock2015-06-13


ニール・セダカの共作者(”Laughter In The Rain”、”The Immigrant”、”Bad Blood”、”NewYork City Blues ”…”Solitare”はカーペンターズも歌いました)として知られるフィル(フィリップ)・コディのファースト・アルバム。ワーナーからのセカンドは名盤探検隊シリーズで早くからCD化され、日本では有名だった。10年数年くらい前のことだったろうか、余りに良いソングライターなので、色々探していくうちに(同名のシンガー・ソングライターもいてややこしい)、アメリカのレコード店のHPのリストで見つけたのがこのレコードだった。レーベルがカーシュナーだったし名前も似ていたので、もしや?と思って注文してみたという。今では日本での中古盤屋でもよく見かけるようになったけれど。



ヒュー・マックラケン、デヴィッド・スピノザトニー・レヴィンというNYの腕利きが参加したピアノ・マン風情(ただフィルのクレジットはない)という時点で期待が高まるわけだけれど、それを上回るドラマティックな好盤だったことに心底驚いた。冒頭、女性コーラスの入るシャッフルA-1”Down To Earth”の、あえてこの言葉を使いたいけど「胸キュン」っぷりですよ。気の置けない仲間たちが集うコーヒー・ハウス「笑うサンドウィッチ(Laughing Sandwich)」に帰ってきて「やぁ」なんて声をかけてくる懐かしくも気さくな雰囲気。フィフス・アベニュー・バンドの唯一作と同じ感覚が聴く度に愛おしい。そしてA-2”Come Home, Hannah”はエルトン・ジョンビリー・ジョエルが同時代にデビューし完成させていった、オーケストレイションを交えたピアノ・ロック・サウンド。恋人に戻ってきてと呼びかける感動的なバラードだ。でも、この辺りで気付くのは、歌詞に聖書的モチーフが多く見られること。先述の”Down To Earth”もそうだし、”Dusty Roads”や福音(エヴァンゲリオン)を意味する”Good News”、それに”Morning Glory”なんて曲もあったり。歌詞にも”Hallelujah”などなどと、まるでクリスチャン・ミュージックのような。

でもこの読みも外れていなかったみたいで、父の影響で教会音楽の産湯に浸かり(グレゴリオ聖歌を歌っていたみたい)、その一方でドゥー・ワップを友達と歌い始め、バンドThe Fugitivesを結成。グリニッジ・ビレッジのナイト・オウル・カフェに出てコロンビアと契約(後の大物プロデューサー、リチャード・ペリーの初プロデュース作という話は裏が取れなかったけれど)…なんていう経歴。イタロ・ニューヨーカー、アンダース&ポンシア周辺でも有名なトニー・ブルーノのプロデュースでカーマ・スートラからシングルを1枚("Your Girl's a Woman' on Mala / She Believes In Me")をリリースしていたり。ジョン・セバスチャン(ディランと共に影響を受けたとのこと)やピーター・ゴールウェイとは道理でかぶるわけなのだ。

その他にも、フォーク・ソングのようなアクースティック・ギターによるシンプルなバラード”Child Again”があったり、ゴスペル・タッチのロック・バラード”Queen Of The Night”(R.レヴィンらとの共作も多い中、コレはフィルの作詞作曲)があったり。B-5”Banjo Girl”はバンドの都会的なアレンジや間奏の展開にも目を見張るモノがある。それにしてもクールなボーカル・スタイルや歌を引き立たせるバッキング、上品なソングライティングも含めて、ティン・パン・アリーの王道を歩んでいる。70年代初頭の作品でありながら、80年代のアダルト・コンテンポラリーにおけるピアノ・マンを先取りしたような音で。ヒッピー世代におけるブリル・ビルディング・サウンドの継承者だったということだ。

NYの音楽出版社アルドン・ミュージックの創設者だったドン・カーシュナーが個人オフィスを立ち上げて、フィルは誰かの薦めで出かけていったそのオーディションに合格。作詞家としての才とピアノなど楽器にも長けていたことを見込まれたのだろう。ニール・セダカを紹介され、セントラル・パークを見下ろすオフィスのピアノで”Trying to Say Goodbye”、”Don't Let It Mess Your Mind”、”Solitaire”の3曲を書き上げたのだという。"Solitare"の成功もあって70年代はニールのソングライティング・パートナーとなったわけだけれど(そんな縁でABBAの詞も書いた)、大先輩のニールとは流石に友人関係という風にはならなかったみたい。でもソングライティングのイロハをしっかり教わった。もちろんニールからすれば、第二の成功を収めるためには、ロケット・レコードのエルトンもそうだけれど、若い力が必要だったと言うこと。個人的には完璧すぎるポップ・ソングだと思っている”Laghter In The Rain”を書いた際には、元々サビ前に2回繰り返していた”I feel the warmth of her hand in mine”のフレーズを1回に減らそうとフィルが提案したところ、ニールはOKを出したんだとか。ニールが共作者としてのフィルに、作詞家としてだけではなくミュージシャンとして一目置いていたということだろう。

レコーディング・アーティストとしては1973年にRCAよりシングル” New Orleans”を、1976年にはリプリーズより2枚目のソロアルバム『Phil Cody』をリリース。1980年代にはヒューイ・ルイスに” Doing It All For My Baby”(『Fore』に収録)を書いたこともあった。

現在はというと、The Songwriting School of Los Angelesで教えている模様。HPも最近出来たみたい(新曲のデモなんかもアップされている)、っていうか見てみたら日本のライターの中村彰秀さんからの愛に溢れたメールがそのまま転載されているじゃないですか!
http://www.philipcody.com/history-2-2/sixties/



このインタビューも記事の参考にしました
http://www.songfacts.com/blog/interviews/philip_cody/