/ 音壁JAPAN( SONY / 2008 )
こんなマニアックなコンピレーションを果たして誰が買うのか、と思ったけれど、聴いてみてビックリ。面白いコンピに仕上がっている。
その中身は50〜60年代のアナログ・レコーディングの時代に、エコーを駆使して信じられない程分厚い音の壁を作り上げたプロデューサー、フィル・スペクターのWall Of Sound(つまり音の壁)の日本版を集めたというモノ。海外ではそれを模した音が量産されたものだから、フィルズ・スペクトルっていう人気コンピがあったけれど、つまりソレの日本版ですな。こんな東洋の小国のポピュラー音楽に及ぶだけ影響力は多大だったと言うこと。
それにしても1980年前後のレコーディングが多いことに驚かされるけれど、イギリスやアメリカでも80年代にはオールディーズが本格的に見直されていた。日本でも大滝詠一、山下達郎、伊藤銀次(本コンピには残念ながら未収録)といったスペクター信奉者のブレイクに見られたように海外と同じ土壌が確かに形成されていた。そのマニアックさと過去の音楽への敬愛(偏愛?)の深さからすると大滝や山下にはニック・ロウやデイヴ・エドモンズに通ずる部分が大いにあるかな。
さて、面白いのは解説者が指摘したとおり、加藤和彦が1979年に岡崎友紀”ドゥー・ユー・リメンバー・ミー”で、1976年には鈴木慶一がユーミン作の”二人は片想い”(ポニー・テール)で、それぞれスペクター・サウンドにアプローチしていた点。大滝詠一がスペクター・サウンドを早い時期に実践し、広めたことは疑いようもないけれど、大滝同様の洋楽体験を送ってきたはずの同世代のミュージシャンが、アプローチは違えど、こうした音作りに情熱を注いでいた点はもっと評価されても良い所だ。佐野元春のスプリングスティーン経由のスペクターサウンド”SOMEDAY”も、代表曲ながら、こんなコンピで聴きたかった曲のはず。ってか、スペクター・サウンド好きならこんなコンピを作った経験があるのでは?岩崎元是とかも入れて、それもカセットで、ね!
それにしてもSONY音源を使えるのは大きい。大滝やシュガー・ベイブ、シリア・ポールの音源はコンピにもそうそう多く登場しないものだし、貴重。ラストのモコ・ビーバー・オリーブ”わすれたいのに”はバリー・マン作”I Love How You Love Me”の日本語カバーで、スペクター・サウンドのアプローチではないけれど、大滝ロンバケの仕掛け人でもある朝妻一郎が手がけ、メンバーにはシリア・ポールが在籍してたってことで、ボーナス・トラック的に配置したモノだろう。既にCD化済みの音ではある。原めぐみ、多岐川裕美とか、アイドルものは個人的に守備範囲ではないので、こうでもなきゃ聴かなかったかな。
スペクターのリマスターものがアマゾン輸入盤で安く出ているので、クリスタルズ、ロネッツ辺りを試しに買ってみたけれど、うん、かなり良いね。モノって感じの音の厚み。これは買い直ししても良いレベルかと。ジョン・レノンの"イマジン"に霧の中をたゆたうような深遠な音像を加えたのがフィルだということを考えると、ビートルズ信者の愚かなフィル批判を抜きにして、狂気の音作りに改めて浸りたくなる。