テキサスのシンガー・ソングライター、ボビー・ブリッジャーの1973年RCAからの2作目。60年代後半にはカントリー寄りのレーベル(何しろロイ・オービスン、クリス・クリストオファスン、トニー・ジョー・ホワイト、そしてディキシー・チックス!)という印象のモニュメントからシングルをリリースしている。今作はRCA、そしてテキサス出身というだけで無骨なカントリー寄りの音を予想してしまうけれど、バックアップがレッキングクルーだから、という理由で聴いてみたところ、素晴らしい仕上がりだった。ハル・ブレイン、ジョー・オズボーンの良い仕事。そこに、ニール・ダイアモンドやマーク・ノップラー、ビリー・ジョエルなんかのバックをやっていたリチャード・ベネットのギター、そしてスプーナー・オールダムのピアノなんかが入る。マキシン・ウィラード、ジュリア・ティルマンらのソウルフルなコーラスも。ロン・クレイマー制作のカリフォルニア録音。割とウェットでスワンピーな楽曲と、音のカラッとした響きのバランスが抜群に良い。ロスト・ゴンゾ・バンドやボビー・ゴールズボロなんかにも楽曲提供をしていたみたいだけれど、良い時代のスリー・ドッグ・ナイトを思わせるような良質のスワンプ・ポップを展開している。サイモン&ガーファンクルのような繊細なフィンガー・ピッキングのフォーキーな曲もアリ。S&Gもレッキング・クルーですから似ているのも当然。素晴らしい!そして今も現役(http://www.bobbybridgermusic.com/band/)。
Jermaine Jackson / Jermaine(Motown / 1972)
ジャクソン・ファイブ〜ジャクソンズの三男ジャーメイン、1972年初のソロ・アルバム。スムースなボーカルやグループを脱退しての積極的なソロ活動を含めて、弟マイケル・ジャクソンのモデルとなったのではなかろうか。なかなか自己主張が強く、キツい性格なのか、トラブルの噂を色々聞く人でもある。モータウンのベリー・ゴーディの娘と結婚していた時期もあった。個人的には1976年の3枚目『My Name Is Jermaine』が結構好きで良く聴いていた。売れたであろう80年代の諸作よりも。
この初ソロ、アメ盤LPのむちゃくちゃ分厚いボール紙がまたたまんないですね。分厚いのにゲイトフォールドっていう。たいていこういう材質の盤は取り出し口と背が擦れまくっている。で、中身はというと、選曲が何よりも良過ぎる。まず冒頭ジョニー・ブリストル作の”That’s How Love Goes”が良く出来ている。ソウル界のアイドルたるジャクソン・ファイブの色が濃い、激ポップなベース・リフが最高で!それでいてレッドボーンの”Come And Get Your Love”のような胸をかきむしられるような切ない美メロ。70年代後半になると、色んな白人バンドがAORな文脈でブルー・アイド・ソウルをこんな感じでやるんだけど、モノホンのソウルを聴いて思うのは、そんなのとっくに70年代初頭にやってたよ!っていう話。そしてホランド・ドジャー・ホランドの”I’m In A Different World”と”Take Me In Your Arms (Rock Me For A Little While)”。後者はドゥービー・ブラザーズのカバーで有名(オリジナルはエディー・ホランド自身1964年のレコーディングで、翌年にキム・ウェストンがカバー)。そしてサイモン&ガーファンクルの”Homeward Bound”のソウル・カバーなんてのもあるんですよ。そしてそのアート・ガーファンクルが1975年にカバーしたフラミンゴスの”I Only Have Eyes For You”。ジャクソン・ファイブの楽曲を多く手がけたThe Corporations(ベリー・ゴーディ、アルフォンゾ・マイゼル、フレディ・ペレン、デイク・リチャーズ)の”Live It Up”もジャクソン・ファイヴに比べると大人っぽい作りで。リオン・ウェアやパム・ソーヤーがソングライティングに加わった”If You Were My Woman”もある。スモーキー・ロビンソンがプロデュースしたマーヴィン・ゲイの”Ain’t That Peculiar”のカバーも印象的だった。どう考えてもあざといアイドル歌謡のような作りなんだけど、この歌唱力ですから別格!
Nanci Griffith / Storms(MCA / 1989)
LPを発見。懐かしくて手に取ってしまった。ナンシー・グリフィスの1989年作。1994年にグラミーのコンテンポラリー・フォーク・アルバムを受賞した『Other Voices, Other Rooms』が何と言ってもインパクトがあった。高校生の頃、リアルタイムで沢山アルバムを聴いていた記憶が蘇る。デビューは以外に古くて1978年。ファースト『There's a Light Beyond These Woods』はテキサス・オースティンのローカル・レーベルB.F. Deal Recordsからのリリース。実は芸歴の長い人で、この『Storm』で8作目。バックを務め、2曲を共作するジェイムス・フッカーはマッスル・ショールズのフェイム・スタジオのリズム・セクションに加わり、後にアメイジング・リズム・エイシズを結成した人物。ファーストでもカバーしている、テキサスのローカル・ミュージシャン、エリック・テイラーの作品がタイトル曲("Storms")になっている。このアルバム、プロデュースはあのグリン・ジョンズ御大。だから、という感じだけれど、イーグルス初期のメンバー、バーニー・リードンがギターやマンドセロ、コーラスで参加。さらにエヴァリー・ブラザーズのフィル・エヴァリーが”You Made This Love A Teardrop”で素敵なハーモニーを付けている。そのエヴァリーズのバックを80年代の再結成時に務めていた名手アルバート・リーのハーモニー参加もある。そして何より、小声でつぶやくようなナンシーの独特の歌声に癒される。音楽にはっきりとした言葉を聴きたい今日この頃ではある。
Becky Hobbs / Everyday(Tatoo / 1978)
オクラホマ生まれの女性カントリーシンガー、ベッキー・ホブス3枚目のアルバム。彼女は現在68歳。当時は28歳、フレッシュで明るいキャラクターの若手カントリー・シンガーだった。注目したのはカントリーAOR界の名作曲家でテレビドラマのサウンドトラックも数多く手がけるスティーヴ・ドーフのプロデュース作だったこと。1979年にはアン・マレーの” I Just Fall in Love Again”(カーペンターズも採り上げた)をヒットさせている。
初っ端からバディ・ホリーの”Everyday”の溌剌としたポップ・カバーが飛び出し、”A面で恋をして”を先取りしたような気分。エド・グリーン、リー・リトナー、リー・スクラー、そしてアティテューズ時代のデヴィッド・フォスターという今思えば信じられない布陣。”Someone to Watch Over Me”のブルーグラス・カバーは意外性アリ。ベッキーはシンガー・ソングライターでもあり、バラード”Let’s Make Love”なんて出来が良い。プロデューサー、スティーヴ・ドーフの手がけた”Gettin’ To Me Again”も80年代のキャロル・キングみたいな鼻声で最高に良い。ここではマイケル・オマーティアンが鍵盤を。ティム・ムーアの”Love Enough”(ここにもデヴィッド・フォスター)なんてのもあるけれど、ティム・ムーアの楽曲、70年代のMOR盤に良く入っているけれど、同じガリヴァー出身のダリル・ホールと比して、ソングライターとして時流におもねった人だったのかも。もう一つのマイケル・オマーティアン参加曲、”I Don’t Know Why (I Love That Guy)”が流麗でシティAOR指数高し。アーニー・ワッツも参加。ラストのベッキー自作”All That I Am”にもフォスターが。AORなのにペダル・スティールのソロって言うのも最高。キム・カーンズもコーラスで参加している模様。ちなみにレーベルのTatooは余り聞いたことが無かったけれど、調べるとチャカ・カーンのソロ大名盤『Chaka』やギャップ・バンドのセカンドなんかを出していたらしい。4枚目『Becky Hobbs』は『カリフォルニア・サンシャイン』なんていう「らしい」邦題で日本盤が出ている。ベッキー自身のトップ10ヒットは1983年のモー・バンディーとのカントリー・デュエット”Let's Get Over Them Together”だけだった。
Lonnie Johnson / The Complete Folkways Recordings (Smithsonian Folkways / 1993)
明けましておめでとうございます。今年も本ブログを何卒宜しくお願いいたします。
昨年は多くの方々のご協力を賜り、9月に初めての単著(『哲学するタネ――高校倫理が教える70章【東洋思想編】』明月堂書店)を出版する運びとなった。正直自分が今までに出した4枚のCDよりも反響が大きかった(ちょっとショック…?!)。全国の大手書店でも平積みして頂いたり、図書館にも置いてもらったり。街の書店から出版社に「良い本だった」とお褒めの電話もあったらしい。出版不況が叫ばれる中、しかも小さな出版社からの全国流通だから、中身で勝負するほかなかったわけだけれど(これはCDでも状況は全く同じ)、ちゃんと評価を貰えたのは本当に有り難いことだった。11月には分担執筆で関わった本も出た(http://www.shimizushoin.co.jp/tabid/89/pdid/779/Default.aspx)。『哲学するタネ――高校倫理が教える70章【東洋思想編】』は今も絶賛発売中なので……もし哲学や思想にちょこっとでも興味がある方は、ぜひ手に取って頂けると嬉しい。
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そして今年は『哲学するタネ』の続編である【西洋思想編】の出版を頑張りたいと思っている。そして、私の音楽人生で最も影響されたミュージシャンの50周年・70歳記念の出版企画が今ひそかに動いているところ。1ヶ月かけて取り急ぎ6万字の全アルバム・レビューを書き上げたのだけれど、魂が抜けてしまい、ブログがおろそかに。いけません。完成にこぎつけ、この場でご紹介できたらと思う。
今日はロニー・ジョンソンを。この人の洗練されたモダンなブルーズ感覚はやばいとしかいいようがない。YouTubeで映像を見つけて瞬時に魅了され、最近急にハマっている。BBキングが憧れたギター・ヒーロー。唄も最高に上手い。尋常じゃないのはデューク・エリントン楽団とサッチモことルイ・アームストロングのホット・ファイヴのギタリストだったということ。そうしたジャズとブルースの橋渡しをしただけでなく、ポピュラー歌唱盤もあるという。その辺りが、ロニーに影響されたロバート・ジョンソンほど、潔くないというか、わかりやすくないというか、白人が黒人ブルーズに求めるピュアなオーセンティシティを刺激しないところが、ロック世代からの評価が鈍い部分なのではないかな。
しかし1899年生まれだと侮ってはいけません。今の自分にはこれくらいのギターソロと唄の按配が何とも丁度よい。ヴァーヴ・フォークウェイズに録音したという晩年1967年の音源をCD(『The Complete Folkways Recordings 』)で手に入れた。ガーシュウィンの”Summertime”やホーギー・カーマイケルの”Old Rocking Chair”みたいなスタンダードのカバーもある(素晴らしい弾き語り芸!!)。なのに1982年までお蔵入りさせていたとか、謎すぎます。調子に乗って、1960〜62年のプレスティッジ・ブルーズヴィルの諸作も入手。『Blues By Lonnie Johnson』(1960)、『Blues & Ballads』(1960)(Lonnie Johnson with Elmer Snowden)、『Losing Game』(1961)、『Idle Hours』(1962)(Lonnie Johnson with Victoria Spivey)の4枚。ジャケも素晴らしいのでレコードで欲しいけれど、これは高過ぎて「ムリ」ですね……。
Knob Lick Upper 10,000 / Workout! (Mercury / 1963)
ノブ・リック・アッパー10000なんて言っても、なんじゃそりゃ?となりますが。エリック・ジェイコブセンが在籍したモダン・フォーク〜ブルーグラス・グループ。エリック・ジェイコブセンといえばジョン・セバスチャン、ザル・ヤノフスキーらのラヴィン・スプーンフルや弟バンドのソッピーズ・キャメル、ティム・ハーディン、ノーマン・グリーンバウム、クリス・アイザックらを手がけた名プロデューサー。SSWのファンにとってはこの人の名前が入っていれば間違いない、というのがありまして。ミス・エイブラムス先生の小学校レコードとか、犬ジャケのレナード・シェーファーとか、インディゴとか、ウィリアム・トラッカウェイ、ストーヴァル・シスターズ、ブライアン・エリオットなんかもありました。
ノブ・リックというのはケンタッキーの町名で、アッパー10000というのはドイツ語で”gentry(ジェントリ)”をあらわす言葉の翻訳なんだとか。ほんとかな。NYのビターエンドで演奏していてアルバート・グロスマンと契約し、マーキュリーから2枚のレコード(1962年の『The Introduction of Knob Lick Upper 10,000』と1963年の『Workout!』)をリリースしている。結構モダンなセンスが良くて気に入ってしまった。トラディショナルな定番メロディを大方自作クレジットにしちゃってるのは高田渡風(笑)。実際、『Workout!』には高田渡の”しらみの旅”のメロディの”Wabash Cannonball”が入っている。あとはデイヴ・フリッシュバーグ作で彼の名盤『Oklahoma Toad』に収録されている”Rocky Mountain Water”もあったり。エリック以外のメンバーはブルーグラス・ミュージシャンのカール・ストーリーの甥デュエイン・ストーリー、そしてピーター・チャイルズ。ファーストにはフラット&スクラッグスの定番”Foggy Mountain Breakdown”もあった。あぁ、そういえばエリックがプロデュースしたブルー・ヴェルヴェット・バンドも名盤でした。ビル・キース、エリック・ワイズバーグ、ジム・ルーニー、リチャード・グリーンですね。よく考えるとエリックはトラッドなフォークやブルーグラスにエレクトリックの色を加えてフォーク・ロックの音を作った人の一人。このアイデアやセンスが60年代半ばのシーンに革新をもたらしたんだった。
大江千里 / Boys & Girls(Sony / 2018)
隠れ大江千里ファンって男性に多いんじゃないかな。何を隠そう私もそのひとり。アルバムは全部聴いていると思う。渡辺美里とかエピックソニーの関連作から入って、リアルタイムでは”格好悪いふられ方”がミリオンになったのを目撃した。ジャズ化してからも一応追っている。そう、ここ数年でアナログも大体揃えた。ちなみに2017年にアニメーション映画『言の葉の庭』(新海誠監督)のエンディングテーマとして秦基博がカバーした”Rain”が入っている『1234』だけ値上がりしてるのと、ベスト盤『Sloppy Joe』はアナログの枚数が少ないのでレアになっている。後者はまだ買っていないけど。そう、意味も無く香港ではいまでも売っているカセットテープを取り寄せて音を比べてみたりも。
で、なぜ槇原敬之にも影響を与えた(特に詩の世界なんて)優れたシンガー・ソングライターである彼が歌うことをやめて、単身47歳でNYに渡りジャズの世界へ飛び込んだのか…。日本のファンの方は奥ゆかしいのでそんなこと言いませんし、ご本人もいつかやりたかったジャズに挑戦したかった、みたいなことを仰っておられますが、空気を読まずに言ってしまうと、昔のような声が出なくなってしまったからだと思う。2000年前後くらいから、かなり辛そうになっていたのは、アルバムを聴いてわかっていた。作曲家になるという手もあったのかもしれないけれど、おそらく現役プレイヤーであることにこだわったのだろう。結果、ジャズピアニストの道に辿り着いたのではなかろうか。
で、若い学生に混じってニュースクールという音大に入学し、悪戦苦闘の末ジャズ・ピアニストとしてデビューを飾って…2016年の前作『answer july』ではなんとシェイラ・ジョーダンやベッカ・スティーヴンスと共演ですよ。素晴らしい。しかもアルバムを出すごとにピアノの力量が上がっているという。ここまで来ると、後ろ向きな理由はもはや見えて来ない。才能と努力を掛け合わせると、ここまでミュージシャンとしての可能性を広げられるということに驚かされる。そしてデビュー35周年、58歳を迎えた大江千里の今作『Boys & Girls』ではとうとう自身のヒット曲をジャズ・ピアノ化。前作の付属DVDにあった"秋唄"のアレンジが見事な仕上がりだったので、いつかは他の曲も…とは思っていたけれど。”Rain”に始まり、”ワラビーぬぎすてて”、”格好悪いふられ方”、”十人十色”、”BOYS & GIRLS”、”YOU”、”ありがとう”……「うわぁ、うわぁ、」って言ってる間に聴き終えてしまった。新曲”Flowers”、”A Serena Sky”もある。録音はとても良い。しかも自分の曲だから、料理の仕方を心得ている(それでも無茶苦茶練った痕跡が感じ取れる)。しかもピアノだけ、なのに歌が聴こえてくるという。歌心とはこういうことを言うのだろう。J-POPの聴かれ方がワールドワイドになっている今だからこそ、このアプローチは面白いかもしれない。そして何より、千里メロディーを愛していたことに改めて気付かされる。
『Sloppy Joe2』を特に愛聴していた身からすると、全曲解説っていう千里さん自身のライナーノーツが嬉しい。初回限定盤には収録曲のオリジナルのリマスターが入っていて、そちらも素晴らしかった。現在ジャズ・ピアニストとしてNYでの活動が全て、なのかもしれないけれど、旧作のエキスパンデッド・エディションなんかも是非やって欲しいし、大江千里トリビュートとか、そういったイベントを日本のレコード会社はもっと早くやっておくべきだった気もする。トリビュート・ライブでは最後に1曲だけ"ありがとう"をピアノ弾き語りで千里さんが歌う…なんていう演出を妄想。今後に期待をこめて!