いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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ポール・サイモンの弟、エディ・サイモンのレコード

*[フォーク] ポール・サイモンの弟、エディ・サイモンのレコード

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先日、ポール・サイモンの弟エディ・サイモンがギタリストを務めた時期があるバンド、Wingsを紹介した(https://merurido.jp/magazine.php?magid=00023&msgid=00023-1598778181)が、今回はポールと瓜二つのエディーの数少ないレコードを取り上げてみたい。

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エディはクラシック・ギターの才能があり、ニューヨークでギター講師ともなった人。兄のポール・サイモンサイモン&ガーファンクル結成前のアート・ガーファンクルティーンエイジ・デュオ、トム&ジェリーで小ヒットを飛ばした後、ブリル・ビルディングでドゥ・ワップ風味のシングルを多数リリースしていた時代があった。最終的にフォーク・ギターを手に取り、英国風味のフォークを演奏することになるわけだが、そのきっかけをエディが与えたことは想像に難くない。こちらはポール&エディの共演”Anji”。

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とはいえ、イギリスのトラッドを下敷きに、みるみるうちにソングライティングの才に目覚めた兄ポール・サイモンに比べて、エディのキャリアは地味なものだった。まず1964年に、ソングライターのハル・ゴードンとアティーナ・ホーセイ(コニー・フランシスなどの曲を書いた)が立ち上げたニューヨークのトルネードというレーベルから「Beach Boy / Pretty Lass」をリリース。これはさすがにシングルの実物を見たことがない。YouTubeで聴く限り、”Beach Boy”はむちゃくちゃ良い。何よりポールとそっくりの繊細な声色に惹かれてしまう。ポールがブライアン・ウィルソン・トリビュートで弾き語った神テイク”Surfer Girl”を思い出さずにはいられない仕上がりだ。

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 その後、フォーク・ロック・グループWingsの設立メンバーとなるも、ダンヒルからのアルバム・リリース時には脱退、そしてギルド・ライト・ゲージ(The Guild Light Gauge)(ポール・サイモンも使っていたギターであるギルドのライト・ゲージ…安直なネーミング)というソフト・ロック・グループで1968年にキャピトル傘下のWe Make Rock'n Roll Recordsからシングル「14th Annual Fun & Pleasure Fair / Cloudy」をリリース。コレ、コッペルマン・ルービン・カンパニーの制作でプロデュースはアーティ・コーンフェルド、アレンジはジミー・ワイズナー。本気が伺えるものの、ヒットには至らなかった。男女二人ずつのグループだったが、ポール似のエディの歌声が目立つ。最後に奥の手、ということでB面ではS&Gの”Cloudy”(ポール・サイモンとシーカーズのブルース・ウッドリーの共作)の直球カバーを披露。

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 さらにその後、1969年にサイモン&ガーファンクルを彷彿とさせるデュオ、クリブ&ベン(Crib & Ben)名義でデッカからシングル「Emily / Chorale In D Minor」をリリース(B面はカラオケ)。エドワード(エディー)・サイモン&ポール・ゲルバーからなるデュオ。エディの歌はここでもポールと区別がつかないような。しかもS&Gの名曲“For Emily, Whenever I May Find Her”を彷彿とさせるタイトル。アレンジとコンダクターはエマニュエル・ヴァルディというユダヤ系のヴァイオリニストが務めた。デッカではこの2人エドワード・サイモン&ポール・ゲルバー名義で、エフ・マッケイという人のシングルと、マッケンドリー・スプリングのファースト・アルバムをプロデュースした(彼らの有名なセカンドはエリオット・メイサーがプロデュースし、アダム・ミッチェルがアレンジを手掛けている)。マッケンドリー・スプリングの1stからシングルカットされた”What Will We Do With The Child”はニック・ホルムズの曲だが、これはアート・ガーファンクルが後にソロ・アルバムでニックの曲を歌ったことも思い出される。

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以後エディはレコードをリリースする機会には恵まれず、1980年のポール・サイモンのアルバム『One-Trick Pony』以降は現在に至るまでマネジメントでクレジットされており、兄ポールを裏から支えている。

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