いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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 フォーエバー・ケメ(佐藤公彦)

markrock2017-07-31



フォーク歌手のケメこと佐藤公彦さんが65歳で亡くなったとの報。ヤフーのトップニュースで知ることになるとは…。6月のことだったそうですが、ご遺族を慮って公表はこのタイミングだったとのこと。結構ショックでした。

個人的にはよしだたくろう吉田拓郎)と並ぶエレック・レコードのアイドルという印象。まさにフォーク全盛期の人ですよね。同じくエレック所属だった古井戸の加奈崎芳太郎さんから以前聞いたことがある。地方巡業であるところの「唄の市」で野次られたケメさん、ナヨっとした女性的な印象の方だけれど、結構怒ると凄くて、泣いて大暴れしたらしく、後ろから羽交い絞めにしてステージ袖に連れ帰った…というびっくりのエピソード。



ところで僕のファースト・ミニ・アルバム『蒼い蜜柑』はケメさんがいたピピ&コットの金谷あつしさんのプロデュースだった(同じくエレックの竜とかおるの佐藤龍一さんにアレンジしてもらったりと、愛しのエレックに送るオマージュ盤、のイメージだったのです)。レコーディングの時に金谷さんからケメさんの近況を伺った。その時の話だと、テレビに出るのも金谷さんが一緒じゃないとダメ、という感じらしかった。ニッポン放送の番組・あおい君と佐藤クンで一世を風靡し、フォーク歌手のほとんどがそうだったけれど、1980年代に入って不遇の時代を過ごし、ケメさんのレコードは2009年まで32年も出なかった。泉谷さんとかチャボさんとかチャーといったエレック勢とは対照的に。天国と地獄という感じだったのではないだろうか。2000年代にはMyspaceという音楽サイトで繋がっていたのだけれど(https://myspace.com/satokimihiko)、結局お会いできずじまいだったのは悔やまれてならない。

でも、ライブは観ました。2009年に九段会館でやった唄の市。見かけはおじいちゃんになってしまった印象だったけれど”さみだれ 五月よ くるがよい…”と「通りゃんせ」を歌うその声が、驚くほどに変わらなくて、とても不思議な感じがしたのだった。ケメさんは永遠のアマチュアリズムを持ち続けていたのかもしれない。普通の人なら年を重ねれば失われてしまうイノセンスがそこにはあって。終演後の会場で音楽評論家の長谷川博一さんにお会いしたのだけれど、同じ様なことをおっしゃっていたのも印象に残っている。

好きなアルバムを一枚、と言われると1972年のファースト『ケメ?=午後のふれあい』かな。当時フォーク・ファンは面食らっただろう、目くるめくソフトロック・アレンジによる「ぼくがここに居るからさ」に始まり、アルフィーの坂崎氏がオーディションで歌ったという「メリーゴーランド」、古井戸っぽいフォーキーな「生活」もある(「僕の生活は よろこびの朝ごはんと 悩みの晩ごはん」という歌詞が好きだった)。もちろんヒットした「通りゃんせ」も。



佐渡山豊、生田敬太郎がゲストで加わった1973年の『オンステージ第1集』、シングルヒットした「バイオリンのおけいこ」収録の4枚目『時が示すもの Keme VOL.4』、豪華セッションマンが参加し大塚まさじと歌う「やさしくうたって」も入った1975年の『遠乗りの果てに』なんかもよく聴いた。セカンド『Keme VOL.2 明日天気になあれ』も好きだったんだけど、レコードがどこかへ行ってしまって出て来ない。こういう時に限って、ね。


2009年には32年ぶりのオリジナル・アルバム『ひとりからふたりへ』がリリースされ往年のファンを歓喜させた(レビューは→http://d.hatena.ne.jp/markrock/20090707)、2010年にはピピ&チョコットwithまじ名義で、ピピ&コットのデビュー・シングルのタイトル(「捨ててはいけないよ 大切なものを」)を思わせるミニ・アルバム『捨ててはいないよ 大切なものを』をリリース。まさにケメさんのイノセンスを言い当てたタイトルだったと思う。その後自主制作盤も次々にリリースし、もうひと花…と期待していただけに、とても、とても、残念に思う。機会があれば、いつかケメさんの曲を歌ってみたいと思う。