いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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 加川良、教訓Ⅰを聴きながら…

markrock2017-04-06



いやはや、また更新が空いてしまった。なんだかんだ一年がかりになっているけれど、哲学関係の本を作っている。9割は書けたのだけれど、あと1割に意外と時間がかかっている。この辺は音楽制作と同じでキリがないから、どこかであきらめて作業を止めなければいけないのだけど。あとは予定通り出せるかどうか…という不安もありつつ。



そんなこんなで音楽を聴いていないわけでは全くないけれど、暖房のないレコ部屋も過ごしやすくなってきて、レコードを聴く時間も増えてきた。3月末には吉祥寺にHMVレコードストアがオープンしたり。面白いですね。こんな時代にLPを聴こうとする人はしっかりいて。90〜00年代のDJブームに産湯を浸かった30〜40代に加え、10〜20代のお客さんも結構いたのがなんだか嬉しかった。90年代には中古レコ屋でレコをトントン落として、「レコードの扱いがなってない!」とか怒っているリアルタイムのアナログ・ファンが沢山いたけれど、そのレコードトントンの人達がカムバックして、今アナログ人気を盛り上げているんですから、そんなに目くじら立てちゃいけないってことです。流石に今はトントンやってる人いませんでした(笑)。

で、加川良さん。闘病中との噂は聞いていたけれど69歳、早すぎる。昨日はショックを受けました。大きく言って団塊チルドレンの私にとっては「フォークの父」が亡くなったような…高田渡さんの時もショックだったけれど。吉田拓郎が1971年の中津川フォーク・ジャンボリーの”人間なんて”で岡林からお株を奪った頃、吉田拓郎加川良はフォークの二大アイドルだったわけで。



URCやエレックからスター達はメジャーに吸収されていったわけだけれど、ソニーに行って後にフォーライフを作った吉田拓郎加川良は対照的だったような気もする。でもどちらもロックをルーツに持っていた(加川良はGSをやっていたと何かで聞いたような)せいか、単なるフォークの枠に囚われない音楽性が魅力だった。そういえば吉田拓郎『元気です』収録の”加川良の手紙”の一節「あの日、君が…ホワイトジーンなら もっと、かっこよかったと思います」も印象的だった。ぼくはこれを初めて聞いたとき加川良を知らなかったから、どんな人か想像をたくましくしたりして。

URC『教訓』(1971年)、『親愛なるQに捧ぐ』(1972年)、『やぁ。』(1973年)の初期3枚は死ぬほど良かった。2枚位持っていても良い位に思えました(笑)。


”下宿屋”、”伝道”、”流行歌”とかね。それでもやっぱり”教訓Ⅰ”かな。なぎら健壱の”教訓Ⅱ”じゃないですよ。この”教訓Ⅰ”はむかし吉祥寺のライブハウスで、フォーク歌手の松田亜世くんと、ギター・バンジョー抱えて一緒に歌った思い出も。”教訓Ⅰ”は、CDではカットされている”働らくな”が収録されたLP『教訓』で聴かなきゃいけません。はっぴいえんども加わっていて、頭からシッポまで嫌いなところを探す方が難しい好盤。


ベルウッド時代の『アウト・オブ・マインド』(1974年)には吉田拓郎の強姦冤罪事件のドキュメント、”2分間のバラッド”があり、テイチクのブラックレコードから出した『駒沢あたりで』(1978年)はレイジーヒップのバッキングで南部サウンドを聴かせてくれた。”女の証し”が凄いんだよね。中島みゆきも愛聴したという女言葉の名曲。


ブラックレコードから出た南行きハイウェイ』(1976年)も石田長生プロデュースの良いアルバムだった。あとは、小椋佳と共作した東京キッドブラザーズ『十月の黄昏の国』(1975年)とか、80年代にはNEWSレコードから『プロポーズ』(1981年)、ベルウッドから村上律とのデュオ・ライブ盤『A LIVE.』(1983年)があったり。




90年代は個人的にはリアルタイムになるんですが、やっぱり1996年のRYO KAGAWA WITH TE-CHILI名義の『ROCK』ですよね。コレには衝撃を受けました。藤井裕、有山じゅんじ、ロジャーという面々でロックバンドを組んで、”戦争しましょう””教訓Ⅰ””伝道””女の証し”など過去の名曲をグランジ風ロック・サウンドをバックに、神懸かりのようなボーカルで聴かせてくれる。ハードなバカでかい音に全く負けない加川良のボーカルって一体なんなんだろうと思ってしまいました。コレ、今こそ再評価されるべきでは?フォークファンも挑戦して欲しい一枚。1993年の『2』というのも遡って買いました。


下北沢のラ・カーニャ斉藤哲夫さんとの対バンを見たのも忘れられない。”ビール・ストリート”とか歌ってくれたような。生で聴けば、レコードやCD以上に味のあるボーカルで。そのボーカルは、思いの篭った言葉を伝えるためにあるんだと思いました。故・岡本おさみさんのトリビュート盤で歌っていた細野晴臣作曲の”ウイスキー色の街で”を聴いた時も、本当に歌の上手い人だと感じたけれど。

ペダルスチールのすぎの暢さんと加川良さんのアコギのステージも素晴らしかった。すぎの暢さんのペダルスチールの音は、それこそサニー・ランドレスのギターみたいな音圧で。『ユーズド・エンド』というライブ盤も良く聴きました。サイトでCD買ったら、加川良さんの字で宛名が書かれていました。


思い出せば思い出すほど、聴けば聴くほど…ですが、加川良さんが歌っていたことを思い出しながら…。



「悲しいときにゃ、悲しみなさい、気にすることじゃ ありません」(『伝道』)