いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

f:id:markrock:20190212213710j:image
いしうらまさゆき へのお便り、ライブ・原稿のご依頼等はこちらへ↓
markfolky@yahoo.co.jp

f:id:markrock:20190212212337j:image
[NEW!!]極北ラジオ石浦昌之の「哲学するタネ」が書籍化されました。 『哲学するタネ【東洋思想編】――高校倫理が教える70章』(石浦昌之 著)2018年9月発売!! ●石浦昌之著 ●定価:本体2500円+税 ●A5判(並製)384頁
詳細はココをクリック
注文はココをクリック

【書評掲載】
『情況』2018年秋号 田中里尚(文化学園大学准教授)「教えられぬことこそ語り続けなければならない―石浦昌之の実践について―」
『日本教育新聞』2019年3月18日 都筑 学(中央大学教授)「先哲から学ぶ人生の知恵」
ココをクリック

Keith Richards

markrock2015-10-14

/ Crosseyed Heart( Mindless Records / 2015 )

キースの新譜。手に取らないわけにはいかなかった。ソロとしては3作目。気がつけば71歳、前作『Main Offender』は1992年、つまり23年前だった!今作同様スティーブ・ジョーダンとの共同プロデュースだったその前作(正確には前作にはさらにワディ・ワクテルもプロデュースに名を連ねていた。ワディは今作にもプレイヤーとしてはモチロン加わっている。)も久々に聴いてみたけれど、不思議と音に23年の年月を感じない。この装飾の無いシンプルなロック・サウンド、ヘタなキーボードとかが入ると時代を感じさせてしまうんだけれど、それがないからだろうか。前作も1992年という時代を考えると、逆に新鮮な音だったんじゃないかな。この前作が変な話、ストーンズ以上に好きな音だったものだから、キースの3作目にも手が伸びたのだった。ミックのソロより時代を超えた普遍性がある、と直感的に思ったというか。NRBQのジョーイ・スパンピナートとチャック・ベリーのピアニスト、ジョニー・ジョンソン(キース・プロデュース盤もありました)が参加した前作ラストのボーナス”Key To The Highway”のカバーなんて、クラプトンやディランの今辿りついた境地同様、結局自身のルーツに辿りつく、というロックの未来を見る音だったのかもしれない。

なーんて色々キース愛を語ってばかりだと筋金入りのストーンズ・ファンには怒られそうだけれど、アメリカン・ロックとブリティッシュ・ロックでいえば、どちらかと言えばアメリカン・ロックを選択してしまう自分がいて。というか一定のブルーズ・ルーツがないとダメみたい。ストーンズはもちろんブルーズ・ルーツがあるから引っかかる。でも、棚を見たらストーンズやら各人のソロやら60枚くらいあったからそれなりには聴いてきたつもりなんだけど、恥ずかしながら1曲1曲正座聴きしたことがない。というか、あんまり細かく分析したことがない。AC/DCなんかも自分にとってはそんな存在。ビートルズだとあれこれ分析しちゃうんだけれど。自分にとってのロックはどうも歌詞を吟味したり、サウンドを分析したり、黙って内省したりするものではないらしい。



いずれにせよ、ジャケに見える深いシワ、1曲目からアコギでロバジョンか!というアクースティック・ブルーズでしょう。クラプトンの一連のアンプラグドなんかを想起させる音。23年の年輪は流石にあるのかも。しかし2曲目から哀愁ロック”Heart Stopper”が始まると、もうそのロック・サウンドに持って行かれてしまう。ルーツ・ミュージック的な音像の強固なバンド・サウンドとギター・ソロのトリップ感がここ20年のディランに近いな、と思っていたら本当にディラン・バンドのラリー・キャンベルが参加していた。ロック第一世代が迎え、キーを下げてもなお模索し続けたジジイ・ロックの完成系が『Time Out Of Mind』以降のディラン・サウンドだと思っている。この辺りは多少意識の上にはあったのかもしれない。ノラ・ジョーンズとの共作でノラ自身やブロンディ・チャップリンブライアン・ウィルソンの新作プロモーションのライブでも相当声が出てました!)が参加した”Illusion”とか後半だと10曲目の”Substantial Damage”でのボーカルなんか、相当ディラン的。そしてそして、続く3曲目”Amnesia”で聴こえてくるサックスは故ボビー・キーズ!でしょう。この3曲でまずは胸を鷲づかみにされる。そして先行シングルの5曲目”Trouble”はうねるように楽器が重なっていくストーンズ節全開のロックン・ロールでもう最高潮!



今作でスティーヴ・ジョーダンとの共作ではないオリジナルは、1曲目のロバジョン風タイトル曲と悲しみを帯びたバラード”Suspicious”(TOTOデヴィッド・ペイチが鍵盤で参加。)、カントリー・ルーツを露わにした激シブなバラード”Robbed Blind”の3曲。コーラスや”Jumpin’ Jack Flash”的なリフが入った極めてストーンズ的なロック・サウンド”Something For Nothing”なんかもある中で、やはりいまキース1人が気負わず自然に紡ぐ音はアコギで作ったと思しきこんなブルーズやバラードなのだと思ったり。



ブルーズ・ルーツで言えばレッドベリーの定番”Goodnight Irene”、日本だと武蔵野タンポポ団なフォーキーなイメージがあるこの曲(とはいえ高田渡にしてもレコードの音を聴くだけで、相当アメリカのブルーズ・ルーツについての理解があったと思う。)、ソウルフルな好カバーだった。レッドベリーは大学時代、怪しいレコードを400円くらいでそれこそこの曲のイメージで買って、聴いていたらツェッペリンの”Gallows Pole”の原曲”The Gallis Pole”ってのが出てきてぶっ飛んだ、という記憶がある。


ロックン・ロール・ルーツでいうとチャック・ベリー的な”Blues In The Morining”もあったり。グレゴリー・アイザックスの”Love Overdue”(ボーナス・トラックではリー・スクラッチ・ペリーがゲスト参加。)もカバー、という範疇ではなく、レゲエ・ルーツという感じの取り上げ方に思えた。



そしてもう一つはソウルのルーツを感じさせる楽曲。アーロン・ネヴィルとチャールズ・ホッジスが参加した”Nothing On Me”とか(美声アーロンの2013年作にも全面参加していた。)、デヴィッド・ポーターとの共作だったラストの”Lover’s Plea”。サム&デイブの”Hold On, I’m Coming”や”Soul Man”をアイザック・ヘイズと共作したデヴィッド・ポーターですよ。白人ロックンローラーが夢を叶えましたぞ的なお話。ちなみにShaftはじめソロで成功したアイザック・ヘイズの陰に隠れているけれど、デヴィッドのソロも悪くない。


そんなオーティスやサム&デイブといったスタックス・ルーツで思い出されるのが忌野清志郎。彼の相棒、65歳になった仲井戸麗市・チャボの久々13年ぶりのソロ・アルバム『Chabo』も先だって発売されたのだった。これがまたルーツ・ロック的音像になっていて、ジャケもモノクロで、図らずもキースとシンクロして聴こえてきたり。これも偶然とは思えない。かといって誰かの影響とかでは全くなく、同じ場所に必然の如く収斂していく時代になってきたということだ。さらに言えば、チャボさんと古井戸時代の相棒、加奈崎芳太郎さんが9月のチャボさん45周年ライブのゲストに引き続き、今月東京と長野で古井戸再会ライブを演るのも、これまた偶然とは思えない。解散後の確執や二人の想いのすれ違いがなぜかシンクロすることになった今年。「今この時」を考えてみる必要がある。加奈崎さんは私の人生を変えた人だからな…


てなわけで…レコード・コレクターズ誌、最新11月号の特集もキース!見本誌を送っていただいたのですが、なんと私の『作りかけのうた』、ニュー・アルバム・ピックアップで大きく取り上げていただいていました!でんぱとかアイドル評論という印象のあった小山守さんの素晴らしいレビュー。なんと小山さん私と同じ三鷹在住でいらっしゃったんですね。生活を成り立たせながら、ほぼ必死の音楽活動ですから、こんな一瞬に、作ったやり甲斐というものを強く感じられました。ありがとうございます。



クロスアイド・ハート(Crosseyed Heart)