/ Ⅱ (Shark Production /2005)
このブルーズマンは只者ではない。「ホンモノのブルーズマン」なんていう形容もこの人なら相応しいと思える、熟練の30年選手だ。井の頭公園に足を運べば、タンクトップ一丁で汗を飛ばし、ブルースハープとドブロを担いで、信じられない程のヴォリュームでブルーズを唸っている彼の姿にお目にかかれる。彼の強烈で桁違いな路上カントリーブルーズマンっぷりには、ここが日本だということをしばし忘れさせる迫力がある。焼けた肌、鋭い眼光、空気を大きく揺らす肉声、哀愁を帯びたハープの音色。その全てが渾然一体となって、人生を賭けたブルーズマンの気迫を観客に見せ付ける。
Broom Duster KANこと神林”カンちゃん”治満のレコーディングデビューは、70年代半ばの横浜が生んだブルーズバンド、「ぎんぎん」 に遡る。ビクターに残した伝説的名盤『側車』 (Victor SJX-20007 /1977)は、熱心なブルースファンには懐かしくも貴重な一枚かもしれない。いかつい皮ジャンに身を包みんだ暴走族の如きメンバーが、側車に裸の女を縛り付けているというジャケットが実に衝撃的だったが、中身は同世代の憂歌団などを彷彿とさせる、いかした日本語アクースティック・ブルーズだった。
一方、Broom Duster KANとしてカムバックした本作では、全編亜米利加のブルーズを、原詩のまま歌う。亜米利加のブルーズを血肉化した彼にとって、日本語詩よりもずっと、英語詩が自然なのだろうと思う。ちなみに先んじたソロデビュー作『Ⅰ』も同様英語詩。そこでは、”Got To Move”、 ”Dust My Broom”、”Shake Your Money Maker”などのElmoreナンバーから、ブルージーな解釈を加えた”500miles”や”Summertime”、そして路上で歌うとさらに味の出るJerry Jeffの”Mr.Bojangles”などホロっとさせるバラードも含め、ギター一本と達者なハープを操り、見事なテクニックを披露してくれていた。
『Ⅱ』も『Ⅰ』と同じく何の装飾も無い簡素な弾き語りのプロダクションだが、涙流してもけして後ろを振り返らない、とばかりの気迫のパフォーマンスは健在。内省的な憂いを前向きなエネルギーに変えるパワフルな歌心は、実に路上向きであるとも再認識。とはいえ胸を震わすハープの音色や、誠実で純粋な心の内を吐き出す彼の声色にふと涙しそうになることがあるのも事実なのだ。
M-1”Amamian Boogie”はハープとギターのインストだが、のっけから大迫力。達者なハープが実にいい音を鳴らしている。Elmore譲りのスライドギターが強烈なM-2 ”Baby Please Set A Date”はライブでは誰もが釘付けになる人気の一曲。拘りのElmoreからは他にもM-5”Look On Yonder Wall” やM-7”Sho’ Nuff I Do”を選曲。一方マディのM-4 ”Got My Mojo Working”やロバジョンのM-6 ”Cross Road Blues”なんていう定番も、実に彼らしくエキサイティングに料理。さらに、ターンアラウンドを織り交ぜたブルーズアレンジが彼らしいM-8 “Tennessee Waltz”も実に味わい深い。70年代日本のブルーズシーンを通り抜けてきた猛者ならではの堂々たる選曲だ。
なぜこれほどまでに胸を打つブルーズが歌えるのか、それがどうしても知りたくて彼に尋ねたことがある。そんな不躾な質問に対して、音楽活動を再開したばかりの彼は、「仕事にありつけず生活が苦しくなることでホンモノのブルーズが歌えるようになった」、と一つの真理を私に教えてくれた。
「ブルーズで金儲けする」ことは、戦前のブルーズマンからすれば、過酷な綿花畑での労働から逃れる唯一の手段でもあった。しかし、そもそも「ブルーズで金儲けする」、こと自体に、ある種の矛盾 ―ひと儲けしようと目論んでブルーズを歌うことで、ブルーズが歌えなくなってしまう― があるように思えてならない。こんなことを言うと、そんなのブルーズに対するロマンティシズムじゃないか、などと批判する向きも当然あるだろう。が、ブルーな心持ちを唄う者が幸せの絶頂にあるとするならば、そんな唄はけして観客の心を打たないはずだ。生活を賭けてブルーズを歌うミュージシャンなどほとんどいなくなってしまった今、Broom Duster KANほど「ホンモノのブルーズメン」に相応しい男はいない。
Broom Duster KANとしての再始動も軌道に乗った感のある彼だが、業界も色々と動き出しているようで、井の頭公園、そして稲生座でのステージを見て感銘を受けたTVプロデューサーが手がける、ドキュメンタリーの撮影予定もあるという。ミシシッピにあるというElmore Jamesの墓で歌うというのだから、これもまた楽しみだ。
唄う必然性の元に唄われるBroom Duster KANのブルーズ。音楽、そしてブルーズとは何なのかを改めて我々に問いかける。
Broom Duster KAN(ブルームダスター・カン)公式ページ
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