*[SSW] ジョン・ブッチーノ(John Bucchino)のアルバム
前回取り上げたジョン・ブッチーノ(ブッキーノと読むのかもしれない?)。改めて聴き直したけれど、もう言葉にするのも野暮なくらい、素晴らしい。どんなに傷つこうとも尊厳を保つ人間の気概のようなものを感じさせる凛としたジョンの作風、ジミー・ウェッブが弾き語る”Skywriter”に近いテイストと言えば、判る人には判ってもらえるだろうか。ジョンの代表曲の”Grateful”、『サウンド・オブ・ミュージック』で知られるジュリー・アンドリュースと娘エマ・ウォルトン・ハミルトンがプロデュースした絵本シリーズの一冊として、アート・ガーファンクル歌唱のCD付で2003年に発表されたことも思い出される。ジュリーが手掛けたミュージカルの音楽もジョンは担当しているけれど、彼のソングライティングの魅力は、往年のミュージカルの豊饒な音楽遺産を目いっぱい吸収したリリカルでセンチメンタルなメロディと、映画を思わせるドラマティックな楽曲構成にある。多くの同業者が舌を巻いたことは言うまでもない。
ただ、この手のキャバレー系の出自の音楽にしばしばあるのだけれど、20年前だとゲイ/レズビアンの音楽、というジャンルに含まれていた。アメリカにはゲイ/レズビアン専門レーベルがあり、70年代にレズビアンをカミングアウトしたホリー・ニア(Holy Near)やその活動を支援したフォークの最左翼、元ウィーヴァーズ(ピート・シーガーがいた)のロニー・ギルバートらのバックでジョンはピアノを弾いていた。90~00年代初頭に脚光を浴びたあと、ジョンは順当にミュージカルの世界で羽ばたき、2006年に『It’s Only Life』を、2008年には『A Catered Affair』を音盤化している。
彼のソロ・アルバムは1985年の『On The Arrow』が初。カセットでのリリースだったため、今ではなかなか人々の耳に届かないけれど、1978~84年に書き溜めた楽曲を、弾き語りやバンドで、サラ・キンケイドとのデュエットを含めジョン自身が歌うタイムレスな仕上がり。レコーディングは3人の友人だろうか、彼らの“ガレージ”で録られたものだというのが泣ける。収録曲”Living In The Belly Of A Dinosaur”から採ったのだろう、Dinasaur Recordsからの自主リリース。
同じくDinasaurから1991年にリリースされたピアノ弾き語りアルバム『Solitude Lessons』は彼の代表作。手元にあるのはカセットだけれど、CDも出たし、今ならダウンロードで購入できる。ジョンのトリビュート・アルバムでアート・ガーファンクルの名唱が光った”If I Say I’m Over You”の自演もある。
このアルバムやトリビュート・アルバムに参加しているシンガーのブライアン・レーン・グリーンはジョンのプロデュースで1996年に『Brian Lane Green』を発表。"Grateful"だけでなく、ジョンの才能を認めていたアマンダ・マクブルームやスティブン・シュワルツの楽曲も収録。
さらに、同じくトリビュート盤に参加したシンガーのデヴィッド・キャンベルはジョンと旧い間柄にある。ジョンが音楽を手がけたドリームワークスのアニメーション映画『ヨセフ物語 〜夢の力〜』においてもシンガーとして客演。2014年には幅広い評価を得たアルバム『David Campbell Sings John Bucchino』をリリースしている(ジョンの代表曲を、ジョン自身のピアノ伴奏で歌う)。
ミュージカルと言えば、前述の『サウンド・オブ・ミュージック』などで著名なリチャード・ロジャースの楽曲をカバーしたジョンのソロ、2003年『On Richard Rodgers’ Piano』も素晴らしかった。ミュージカルの先達であり大御所リチャード・ロジャース自身が所有したスタインウェイのピアノを弾きながら、万感の想いで録音したに違いない。2016年のビートルズ・カバー『Beatles Reimagined』が最新作。欧米で名声を得られていても、なかなか日本の人々の耳に届きにくい音楽もある。このブログを始めたきっかけを思うと、彼は最も紹介したかったミュージシャンの一人でもある。