*[日本のフォーク・ロック] PIZZICATO ONE / 前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン (Verve / 2020)
いつか聴いてみたいと思った夢が叶ったシンガー・ソングライター自演盤。ピチカート・ファイヴの小西康陽のソロ・プロジェクトであるピチカート・ワン(PIZZICATO ONE)名義、2019年10月の台風前夜のビルボードライブ東京&大阪でのライブ録音『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』。小西康陽自身ライナーで、「いまごろになってようやく作者が自ら歌う、という趣向のアルバムを作るのは、無邪気で幸福なことなのか、あるいは愚かしく哀れなことなのか」と語っているけれど、シンガー・ソングライター好きの小西にとっても、長年温めてきた夢が叶ったアルバムなのではないかと想像する。渋谷系の象徴のようなピチカート・ファイヴが動のイメージだとするならば、前園直樹グループ参加以来の流れを汲む静のイメージ。ドラムス、ウッドべ-ス、ギター、ピアノ(矢舟テツロー)、そしてビブラフォンが実にいい味を出していて(なんと『TIM HARDIN 3』が本盤のモデル!)、観客の拍手までもが演奏のサムシングを形作っている。
しかしこうしたシンプルな演奏で聴くと、削ぎ落されて残った楽曲の素朴な魅力に気づかされる。「めざめ」は、はっぴいえんどの未発表・松本―細野曲(バーンズ時代の楽曲)と同タイトルだけれど、ドラムスの入りが、松本―細野による「夏なんです」を思わせるものだったり、「東京の街に雪が降る日、ふたりの恋は終わった。」には、大貫妙子「突然の贈りもの」やラングストン・ヒューズ+ボリス・ヴィアンによる高田渡・加藤和彦(フォーク・クルセダーズ)などで知られる「おなじみの短い手紙(大統領様)」の残り香を感じ取ったりと、発見も多かった。「メッセージ・ソング」のボーカルには小西康陽の本気を見たし、「テーブルにひとびんのワイン」の弾むような演奏にも魅了された。かつてアンニュイという言葉の意味を理解できたような気がした「また恋におちてしまった」も素晴らしかった。
リアルタイムでピチカート・ファイヴを聴いていた90~00年代初頭、音楽業界はまだまだバブリーでとても気が付かなかったが、パーソナルな小西康陽の消せない喪失感や「このまま続くわけがない」という刹那を、野宮真貴のフラットなボーカルでなぞってみせていたのかもしれない。