*['60-'70 ロック] Wenchin / Same(Buddha / 1975)
「ウェンチン」という東洋風味なアーティスト名。リリース元のブッダってのもカーマスートラだとか、ヒッピー世代の東洋趣味全開なネーミング・センスだったわけですが。こちらはバブルガム・ポップなアーティ・リップも絡みつつの、1975年という遅すぎたバブルガム・ファンキー・ポップな、ヴォーカリストの唯一のソロ作。全曲が音楽出版社Three Minute Musicのものだというけれど、これ(3分間音楽!)、大滝詠一的コンセプトですよね。
まず一つ目に注目すべきはキング・ハーヴェストの一世一代の名曲”Dancing In The Moonlight”のカバーが収録されていること。"Come And Get Your Love"で知られるレッドボーンがカバーしたかのような仕上がり!そもそもプロデュースのスティーヴン・ネイザンソンはこの曲で儲けようとした人。スティーヴンとエリックのネイザンソン兄弟は1970年にユナイテッド・アーティストからリリースされたザ・ミュージック・アサイラムというサイケバンドのプロデュースを手掛けていた人たち(ウェンチンの本作プロデュースはステーヴン・ネイザンソン・ア・ミュージック・アサイラム・コンセプト名義)。同1970年にはウェンチンがボーカル・ソングライティングで参加していたオムニバスというサイケバンドも手掛けており、さらに併せて手掛けたのが、後のオーリンズのランス・ホッペンが在籍したボッファロンゴ。そこにはシャーマン・ケリー作の”Dancing In The Moonlight” のオリジナル・ヴァージョンが収録されていた。
”Dancing In The Moonlight”はボッファロンゴのデイブ・ロビンソンとロン・アルトバッハ(後にマイク・ラブのバンド、セレブレイションに参加)、そしてシャーマン・ケリーらによって結成されたキング・ハーヴェストで1972年ついに大ヒットをつかみ取る。キング・ハーヴェスト版の”Dancing In The Moonlight”のイントロはサザン・オールスターズの”希望の轍”のイントロに借用されている。
ちなみにウェンチンの本作の冒頭”Havana(Have You Ever Been)”にはファニア・オールスターズより、イスマエル・ミランダとラリー・ハーロウがボーカルで参加。そういえば「サザン・オールスターズ」のネーミングのアイデアの源泉の一つはファニア・オールスターズだった。で、その”Havana(Have You Ever Been)”は1979年の映画『The Warriors』のサントラで、ケニー・ヴァンスwithイスマエル・ミランダ名義で”In Havana”のタイトルでカバーされている。これをコ・プロデュースしていたのがアーティ・リップとスティーヴン・ネイザンソン。そちらにはなぜかコーラスにチェビー・チェイスが加わる乱痴気っぷり。スティーヴン・ネイザンソンはケニー・ヴァンス在籍のジェイ・アンド・ザ・アメリカンズの『Sands Of Time』にボビー・ブルームと共に参加しており、そのコネクションであろう。
で、そのボビー・ブルームはウェンチン盤に”Outta Hand”という佳曲を提供。そのボビー・ブルームに楽曲提供しているアンダース&ポンシアのピーター・アンダースがケニー・ラグナと共作した”No Strings”も収録されている。個人的にはピーター・アンダース関連盤と位置付けてもいる。
ところで「ウェンチン」ってバンドのように言われているけれど、不可解なジャケットを見てもわかる通り、ネイティブ・アメリカン出身と思われるリード・ボーカルの男性(レッドボーンを彷彿とさせるボーカル・スタイル)のこと。本名はロバート・ウェガジン(Robert Wegrzyn)。レコードのスリーブの中に、スティーヴ・ネイザンソン・ミュージックの売り上げ報告書とか、売り上げを誰にいくら配分するか、みたいな生々しいメモが挟み込まれてました。さっき”Dancing In The Moonlight”でスティーヴン・ネイザンソンが儲けようとした、と書いたけれど、このメモには「”Dancing In The Moonlight”は4半期でノン・チャートの動きだが会社は50%の利益を得る、ただしライターはシャーマン・ケリーで、もはやスティーヴ・ネイザンソンには属さない」とか書いてありました。