いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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ブルース・ホーンズビィ"The Way It is"から30年を経て

markrock2016-11-20


久しぶりに何気なくブルース・ホーンズビィ&ザ・レンジのレコードを聴いていてハッとした。1986年に全米No.1になった"The Way It is"。美しいピアノの音色を中心に据えた王道のアメリカン・ロック。エリオット・シャイナーがプロデュースに加わっていて(ヒューイ・ルイスが手がけた曲もある)、30年経っても全く古びていない良い音。CDと違うジャケだったことにもちょっと意外だなと思ったり。このLPは輸入盤。

日本で洋楽はほぼサウンドについて語られるばかりだから、この曲もピアノの美しさばかりが強調されて、歌詞に注目した人はついぞいなかった気がするけれど。バブルに至る日本のムードはシリアスな歌詞を受け止められなかった。ビリー・ジョエルのベスト盤でアレンタウンとグッドナイト・サイゴンをスルーする、そんな感覚。


生活保護の申請のために列に並ぶと、絹のスーツの男が年配の女性に「仕事見つけろよ」とからかっていく…というAメロ。コーラスは、


That's just the way it is(現実はこんな風だ)
Some things will never change(変わらないものがある)
That's just the way it is(現実はこんな感じで)
But don't you believe them(でもそんなのを信じるのかい)...



その後の歌詞を読むと、1964年に成立した公民権運動も効力を失ってしまったこと、法律は人の心まで変えられなかった、現実はこんな風だ…と続く。悲しいあきらめのようなメロディだけど、現実を直視しつつ、こんなのはおかしいよ…と言うメッセージの余韻が残る。



なんだかトランプズ・アメリカの現実と重ね合わせて、深く感じ入るものがあった。映画『バック・トゥ・ザーフューチャー』(この映画も30年前に封切られた)で主人公マーティ・マクフライの父親をいびっていたビフはトランプがモデルという話だけれど、今年は映画の予想通り、そのディストピアが現実になったかに思われた。でも、そうなるアメリカの風土は30年前既にあったということだろう。そんなことで色々調べてみると、ブルース・ホーンズビィは2011年にトランプを題材にしたブロードウェイミュージカル『SCKBSTD』の音楽を手がけていたのだった。その中の曲、"The Don of Dons"と絡めてトランプの狂気を語る記事もあったから(http://www.billboard.com/articles/news/7393555/bruce-hornsby-donald-trump-song-interview)、直感は間違ってもいなかったようだ。



80年代、レーガノミクス双子の赤字を抱えたアメリカ。貿易摩擦で日本に憎しみを募らせていたのがトランプだった。レーガン規制緩和、小さな政府、民営化、市場原理主義…という新自由主義路線。格差社会が進行し、自信を失った人々は内向きになっていった。今思えば、80年代のアメリカン・ロックはある種白人によるアメリ民族音楽のような音だったようにも思う(90年代は黒人ヒップホップの揺り戻しが来た)。マッチョイズムっぽい感じもあって。ブルース・スプリングスティーンジョン・クーガー・メレンキャンプトム・ペティも。ジョン・フォガティも復活していた。後にはアメリカーナなんて名称も出てくるわけだけど。ブルース・ホーンズビィも、ブルーグラスに接近した時期もあった。今振り返ると、思想的にはリベラルでも、音だけは愛国的・内向きだったのかも。スプリングスティーンは本当にそれで勘違いされたりもした。でも日本にもそんなねじれがあったような。外向きグローバル志向のリベラルはっぴいえんどが日本語で、内向きロケンローラーが英語、みたいな。



日本にも新自由主義が中曽根に始まり、森〜小泉〜安倍ラインでアメリカに遅れて完全導入される。当然格差が進行して内向きになり、エスタブリッシュメント打破みたいな橋本現象とか、ニッポンを取り戻せみたいな話が出てきてリベラルが退潮した。That's just the way it is(現実はこんな風だ)…って話になってくるのでありまして。まあ、リベラル(liberal)ってのは人間にとって崇高すぎるのかもしれない。ラテン語の語源liberは満たされた自由民のことだから。自分に余裕がなければ、人様に分け与えることなんてできない、ということなのだろう。



さて、ブルース・ホーンズビイから遠いところに来てしまったので話を戻そう。彼のデビュー・バンドのザ・レンジは売れない方がおかしい、という位の腕利き揃いのバンドだった。ファースト・ツアーの前まで短期在籍したギター・マンドリン・ヴァイオリンのデヴィッド・マンスフィールドTボーン・バーネットやスティーヴン・ソールズとアルファ・バンドを組んでいた。ディランのローリング・サンダー・レヴューでもお馴染み。元々はトニー・ベネットのドラ息子(かどうかは知りませんが)二人とクァッキー・ダック・アンド・ヒズ・バーンヤード・フレンズを組んで天下のワーナーからアルバムをリリースしていた。



さらに、ギターのジョージ・マリネリはビリー・ヴェラのバンド、ザ・ビーターズでギターを弾いていたし、ベースのジョー・プエルタはデヴィッド・パックのアンブロージアのメンバーだった。"The Biggest Part Of Me"収録のアルバム『One Eighty』の写真の真ん中にいる人。


そんなバンド・メンバーを従えたブルースはその後もアメリカン・ロックの大物との共演を経験した。ドン・ヘンリーのために作った"The End Of The Innocence"は特に印象的だった。ノイズメイカーズのライブ盤『Here Come the Noise Makers LIVE98/99/00』にブルースの自演版が収録されている。そして、元シルヴァーだったブレント・ミッドランドの後釜としてグレイトフル・デッドに加入し、インプロヴァイゼーションを鍛え上げた。いまだに彼のライブにはデッド・ヘッズが駆けつけているとのこと。2011年の『Bride of the Noisemakers』も素晴らしい2枚組ライブ盤だった。写真の右下にあるのは彼のサインだ。