/ A Simpler Time ( A&M AMP2019 / 1977 )
ハンチングを被った詩人マイケル・カタキスさん。お腹が出てもう中年といった趣きだが当時は新人だったと言うから人は見かけによらない。実を言うと、個人的にこれほどCD化を願っている盤は無いのである。まずモノクロの淡いジャケがなんとも渋い。
聴いてみると、A-1”As The First Time”はピアノの弾き語りに始まり、朴訥とした歌声がニック・デカロアレンジのストリングスと絡まっていく、お世辞抜きに素晴らしい出来!日々を慈しむ優しさがそこにある。老いても衰えぬ夫婦愛がテーマだなんて、なんて老成しているのでしょう。A-2”Rainbow Song”はアコギを中心にしっとりと、優しい歌声で聴かせる。素晴らしいラブソングだ。歌詞がとにかくいい。次なるA-3”New England Lullabye”はピアノを中心にした泣きそうに良いバラード。近年の大ヒット、ジェイムス・ブラントの”You’re Beautiful”をシンプルにした感じか。ほんとにこの盤、“A Simpler Time”の名の通り、さりげない感情の起伏が、これまたさりげなくも感動的なサウンドで綴られている。ほんと理想の音です。「ダンスを習いたいんです」というもてない男をワルツに乗せて歌ったA-4”Dance”は、シャル・ウィ・ダンスみたいな哀愁もある。「ダンスを習えばひとりぼっちじゃなくなるかも」なんて歌詞、いいですよほんと。。A-5”Tragedy In Mime”はフォーク風の失恋の曲だ。サラッと、もう終わったことさ、とかみしめて歌うのが沁みる。
「あらゆることがゆったりとしていて、もっと素朴だった、あの頃に戻りたい」と歌うタイトル曲B-1”A Simpler Time”なんて、彼の音作り、そして幾分か厭世的な思想を体現したもの。ハーモニカのソロがいい。彼の作品全般に言えることだが、とても映像的だ。自分の音楽に対するもやもやを吐露したB-2”I Was So Sure”、リズミカルなピアノプレイで哀しげに綴るB-3”I Got No Lights”にしても本当にシンプルな音。後者はジプシーギターのようなソロの哀愁が◎。B-4”We Are All Dancers”は3声のコーラスがキレイ。人生の空しさを感じさせる。ポール・サイモン風の内省も。B-5”Old People’s Home”はなんと老人ホームの唄。年老いていくこと、の意味を問いかける。そしてラストの小品B-6”Seasons”はある種の輪廻感を唄にしたためている。猛き者も終には滅びぬ、という感じでしょうか。”Goodbye”というリフレインがなんとも言えぬ余韻を残す。
この盤、全てを出し切ってしまったからか、彼の唯一作となってしまったが、マイケルさん、今どうしているのだろう。老成していた彼が、歳を重ねた今どういう境地に達しているのか、など興味は尽きない。細々と歌い続けていてくれたら嬉しいのだが。一度でもいいから生の歌声が聴きたいんです。