ロイ・オービソンと共に黒づくめの男として名高いジョニー・キャッシュ。『レイ』のカントリー版とも言える話題の自伝映画だったが、なかなか楽しめた。自伝映画ゆえ筋はエピソード的になってしまうのは仕方ないが、筋より何よりキャッシュ役のホアキン・フェニックスと、カーターファミリーのジューン・カーター役のリーズ・ウィザースプーンの歌が、ウマイ!特にアカデミー賞主演女優賞を目出度く受賞したリーズは歌手と言っても過言ではないほど。パンチがありました。ホアキンさんも顔も似てるし、ドスの効いたタダ事ではないワルそうなボーカルを披露。もうこの二人の歌唱だけで二重丸をあげたい感じ。
とはいえ内容も音楽ファンには興味深い。衝撃的な刑務所ライブ盤『アット・フォルサム・プリズン』のシーンを冒頭とオシリに配置し、彼を一生苦しめることになる最愛の兄の死やそれによる父との確執、妻との出会い、娘(ロザンヌ)の誕生、ロード、酒・ドラッグ耽溺、奇行の数々、逮捕、妻を捨てジューンに心を寄せる、といった彼の破滅的な歩みの全てが刑務所でのステージに籠められていたという事実を浮かび上がらせる。身を持ち崩す破滅っぷりには目も当てられなかったが、そうした経験からくるタダゴトならぬ佇まいが、犯罪者の歌を演じるにリアリティを与え、刑務所からファンレターが殺到することにもなったわけで、これは世界広しといえどジョニー・キャッシュにしか出来なかったことだと思わされる。いかなる破滅の道を歩もうとも、その人生の歩みは全て無駄にはならないということに深く感動。
その他、さりげなくディランとの交友が伺えるシーンがあったり(『ナッシュビル・スカイライン』では共演が収録された)、サム・フィリップスのサン・スタジオを訪ねてオーディションの機会を得るシーンがあったり。ここではエルビスが貧相なのが気になったが、再現するならソックリさんでも持ってくるしかないか。ジェリー・リー・ルイスやエルヴィスらサンスタジオの連中と酒飲んで騒ぎながらのロードでは、キャッシュさん、演奏当日のリハーサルでさえも酒宴と乱痴気騒ぎを繰り広げている。そこでとうとう愛想をつかしたジューンの言葉を引用して、再起を誓う名曲「真っ直ぐ歩こう」(”I Walk The Line”)が生まれたシーンは、映画のタイトルにもなっていて印象的だった。しかしまあ保守的なカントリーミュージック一家に属していながら当時許されていなかった離婚を経験したジューンも、ジョニーも、はみ出しモノ同士というわけか。最後、ジューンとキャッシュは以後幸せに暮らすことになりハッピーエンド、とあいなったわけだが、キャッシュは前妻ヴィヴィアンを捨てたわけで、ヴィヴィアンは犠牲者ですね(ロザンヌ・キャッシュさんという宝は残しましたが)。でもコレに関して、女性観客の中には、「ジューンの写真を割っちゃったりと嫉妬に狂うヴィヴィアンは、キャッシュの苦しみを丸ごと受け止め切れていなかった」、と評価する向きもある模様。でもキャッシュさんもヒドイっちゃあヒドイよね。ジョン・レノンにも前妻シンシアがいたが、ビートルズ人気が高まる中でオノ・ヨーコさんに心変わりしてしまった。ここでもジュリアンという宝は残されたわけだが。そんなことも思い出した。
まあまあとにかく、映画の出来は悪くない。ソニーから3月末に「ジョニー・キャッシュ名作シリーズ」と題して、本編のハイライト『アット・フォルサム・プリズン』や、同じく大ヒット作『アット・サン・クエンティン』等が日本発売になっているのでこちらも要注目。輸入盤ではすでに聴けたものだが、レコードに加えて未発表のボーナストラックも収録されているので、合わせて入手しておきたいところ。音もいい。