/ Lonely Just Like Me (Elektra Nonesuch 61475 / 1993)
最近改めて聴いているArthur Alexander。疲れた心に染みこんでくる人懐っこいボーカルは、良く考えてみると唯一無二である。なんてことのないコード進行でもArthurの手にかかるとオリジナリティが生まれる。取り立てて表に出てこない人なので、ポピュラー音楽の歴史には埋もれがちだが、The BeatlesのデビューLPで”Anna”を歌っていたJohn Lennonはじめ、多くのミュージシャンに愛された、ミュージシャンズミュージシャンだった。(ちなみにMarshall CrenshawがThe Beatlesに感化されたデビュー作で、Arthurの”Soldier Of Love”を歌っているのが微笑ましい) このコラムで取り上げるのなら、名曲”Rainbow Road”やElvisよりも前にDennis Linde作”Burning Love”を披露していた1972年のWarner盤が相応しいとも思ったが、本盤の方が、マッスルショールズ・ナッシュビルの腕利き達による演奏の温かい感触が、Arthurの長い年月を経て幾分しわがれた歌声を心地よく盛り立てていて、彼のキャリアにおけるマスターピースとなり得ていると感じられる。本盤は1991年のNYはボトムラインでのパフォーマンスをきっかけとして音楽活動を復活させたArthurの新旧織り交ぜた復帰作、であり遺作でもある。ところで1993年前後は、日本でも海外でも、Jimmy Webbの新作はじめ、Art Garfunkelの(準)新作などの往年のスターたちによる忘れられない復帰作が多く発売されていた。久々の制作に並々ならぬ力が入ったためか、長年の愛聴に耐える作品が多いから不思議だ。
M-1のカントリバラード”If It’s Really Got To Be This Way”はDonnie Fritts、Gary Nicholsonとの共作でのっけから信じられない名曲。Reggie Youngのリードがノスタルジーを強調するが、嫌味はない。Arthurのマイナーコードでの泣き節がとても良い。新作のリリース直後に亡くなった彼のトリビュート作”Adios Amigo :A Tribute To Arthur Alexander(Razor & Tie 2814 / 1994)”は本作と並べて聴きたい名作だが、そこではRobert PlantがArthur節を再現すべく歌っていた。しかしながら、世紀のロックボーカリストでもなかなかこの味を出すのは難しいものだと感じられる。その他1963年のシングルM-2”Go Home Girl”、デビューシングルでもあり、Bob Dylanがとっちらかっているが悪くないアルバム”Down In The Groove”でカバーしていたM-3”Sally Sue Brown”、72年盤にも再録していたA-7”In The Middle Of It All”等などの旧作を、Dan PennにSpooner Oldhamそして曲によってはDonnie Frittsを従え心を込めて歌っている。A-6”Every Day I Have To Cry”は1975年にシングルのみでリリースされ45位のヒットを記録したものだが、オリジナルとともに実にいい仕上がり。3コードにマイナーコードを挟むだけでもこんなに豊かな表現ができるものなのだと再認識させられる。蔵出しのA-8”Genie In The Jug”は、S.Oldhamとの共作で、ブルージーな部分とArthurの泣き節をうまく織り交ぜた出来の良い曲。A-10”All The Time”はドゥドゥルリドゥというハミングに乗ったThomas Cainのオルガンがいい。そのThomas Cainと共作したラストM-12”I Believe In Miracles”はコンテンポラリーな仕上がりだが、神に祈る彼の歌声で爽やかな感動に包まれる。
とここまで聴くと、過去の1960年代初頭の自身のヒット曲にも耳を傾けてみたくなってくる。John Lennonも痺れた”Anna”(ちなみに”With The Beatles”収録の”All I’ve Got To Do”はArthurを下敷きにして作られたと思われる。)に、The Rolling Stonesがカバーした ”You Better Move On”、Barry Mann-Cynthia Weil作の名曲で、大滝詠一流ボップスの定石集である『ロング・バケイション』収録の”恋するカレン”の下敷きとなった”Where Have You Been”などなど。”Where Have You Been”はハンブルク時代のThe Beatlesの持ち歌でもあった。大滝で思い出したが、1980年前後は世界的に見てもNick LoweやMarshall Crenshawのような戦後のポップスオタク世代が、クリアで精緻なアメリカンポップスを憧れたっぷりに披露していた。90年代に60〜70年代回帰がなされたのと同じだろう。
93年作の本盤のジャケットはバスの前で手を合わせて微笑むArthurの写真。音楽活動を本格的に再開するまではバスの運転手をしていたという。いずれにしても白と黒の境界を曖昧にしてくれるArthurの歌声がもう聴けないのはなんとも悲しい。