いしうらまさゆき の愛すべき音楽よ。シンガー・ソングライター、音楽雑文家によるCD&レコードレビュー

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【書評掲載】
『情況』2018年秋号 田中里尚(文化学園大学准教授)「教えられぬことこそ語り続けなければならない―石浦昌之の実践について―」
『日本教育新聞』2019年3月18日 都筑 学(中央大学教授)「先哲から学ぶ人生の知恵」
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パイドパイパーハウスにて

markrock2015-08-18


横浜赤レンガ倉庫1号館で8月1日〜9月13日まで行われているイベント「70’sバイブレーション YOKOHAMA」(http://www.momm.jp/70/index.html)。『SWITCH』の増刊号(なんとハリー細野& Tin Pan Alleyの中華街ライブDVDが付属。)も出ていたけれど、こういうメディアと連動したお祭りに久々に心が躍った。先日はドキドキしながら会場に潜入。お目当ては南青山にあったレコード・ショップ、パイドパイパーハウスの期間限定再出店!

1Fにはカフェと共に、70年代を代表するロック・コンサートのポスターやらが展示されていて。学生時代の橋本治がコピーを担当した1968年の東大駒場祭ポスター「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」、実物を初めて見た。駒場祭の歴代テーマを調べてみると橋本コピーが際立っているのがわかる。80年代になるとマルクス主義色が途端に薄れるのも興味深い。個人的にはこうした70〜80年代にかけての日本社会の変容・隔たり(断絶?)がどうにも気になっているのだが。

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あとは1971年にピンク・フロイドが来た箱根アフロディーテのポスター。本田路津子長谷川きよしも同じステージに立っていたことがわかる。

2Fの有料展示はYMOのステージ再現が圧巻。ここだけは撮影可能になっていた。3人のステージ衣装もあったけれど、デザイン・コンセプトはサラリーマン!だという細野さんの衣装が目を惹いた。松武秀樹大村憲司のセッティングにも想像力をたくましくしたり。

そして、2枚組NIAGARA MOON(ナイアガラ・ムーン)』40周年記念盤が話題の大滝詠一、そのムーンの裏ジャケでおなじみのチェックのシャツ、ってのも実物を初めて拝みまして。かなり素材的にもセブンティーズ・レトロなシャツでした。しかし大滝さん、物持ち良すぎますね…そしてあのジュークボックス!!手書きの曲目も見ることができ。レアなナイアガラの広告類もありました。

他にも、並べるだけで時代感覚が表出するレコード・ジャケットの展示(洋楽やそれに影響されたサブカルチャーとして日本のロックが中心だったなかで、大好きな古井戸もあって。今年チャボさんと加奈崎さんがとうとう再共演する!)も最高だったし、チケットやフライヤーも時代の証言だなと思ったり。レコードを出すには至らなかったけれど、コンサートにたびたび出ていた日本のロック・バンドってのが結構あったんですね。未発表音源が00〜10年代に発掘されたものもあるにせよ。フォークの方が当時お金になった分、たいしたことなくてもレコード出せたんじゃないかな?(ごめんなさいっ)、と見ていて思った。



そう、あとは、はっぴいえんどシュガー・ベイブのあの写真をはじめ、ロック・フォトグラファー達の作品も圧倒的迫力だったし、昔のレコード屋やライブハウスの写真も貴重だった。ブログをリンクしていただいている吉祥寺にあったこの芽瑠璃堂の往時の写真も!「蓄音盤 芽瑠璃堂」…当時もこの表記はレトロな感じだったのだと思う。高度成長期を経た70年代は、オイルショックを経て安定成長期に入り、ますます前近代的な日本が消滅していく時期と重なっている。はっぴいえんど もそうだったけれど、この喪失感(これを喪失、と捉えた人にとっては)は現在の比ではないだろう。さらに、経済成長へと疑いなく邁進する時代を、人間的な危機と捉える向きもあった。渋谷ブラック・ホークのヒューマン・ソングというスローガンもそんなムードと呼応していたように思える。だから「蓄音盤 芽瑠璃堂」…の古びた佇まいにはさらに時代を経た今、じわじわ来る何かがあった。

さて、会場を回りきった後、楽しみにしていたパイドパイパーハウスへ直行。ディスプレイされたLPの数々…シュガー・ベイブ、ハース・マルティネスの新しいEP、「パイド・パイパー・デイズ」シリーズの新装再発盤、ローラ・ニーロのコーナー、さりげなく貼られている細野さんとヴァン・ダイク・パークスのサイン…流れているのはアルゾのラジオ・スポット…もう最高すぎました。LPの視聴コーナーもあって。その品揃えを見ていたら、かつて自分が、ロジャニコ、ミレニウム、ソルトウォーター・タフィ、アルゾ、フィフス・アベニュー・バンド、ラヴィン・スプーンフル、ポール・ウィリアムス、バリー・マン、トレイド・マーティン…いかにシュガー・ベイブのマネジャーを経てパイドの店主を務めた長門芳郎さん好みのレコード、その音楽の持つマジックに影響されたのか、ということに改めて気付かされた。というよりも、私ごときだけの話ではない。90年代に隆盛を誇った渋谷系なるもののルーツを辿ればパイドパイパーハウスに行き着くのだと思う。そもそも「70’sバイブレーション YOKOHAMA」の仕掛け人、牧村憲一さんはフォーク・ブームを支えたユイ音楽工房を経てシュガー・ベイブ、センチメンタル・シティ・ロマンスのマネジメントや竹内まりや、ピチカート、フリッパーズの制作を手がけた方だから、このイベントにパイドが再出店することの意義もよくわかる。それにしても、カット盤の中から売れそうなものを選んで数十〜数百枚思い切って仕入れた、という長門さんの眼力には本当に頭が下がる。ピチカート・ファイブのメンバーは出会うべくしてこのお店で出会ったということか。ほんとうの音楽好きが出会えるレコード・ショップ!

この店で買おうと決めていた日本のジョン・セバスチャン「小宮やすゆう」(シュガー・ベイブ30周年盤に入っていた小宮・長門の共作「想い」が40周年盤には入っていなくて、ちょっと残念。)の奇跡の新譜『64』とハース・マルティネスの33回転4曲入りEPを購入。『64』にはシュガー・ベイブと同じ、マジカルなあの空気がありました!聴けば聴くほど、とても良い。ハースはA面”5/4 Samba”はアナログのサウンド的にもベースが際立つ良い音だったし、B面の「Altogether Alone」の弾き語り(ジャジーなワンマン・ギターソロも流麗で…)と「ろっかばいまいべいびい」のカバーなんて、もう最高すぎました!LPサイズの紙袋も初めて拝みました。

帰り際、緊張しつつも意を決して長門さんに話しかけてみた。大学時代、アルゾ、バリー・マン、ボビー・ブルーム、アンダース&ポンシア…仲間内でどれだけ影響されたか、なんてことをお伝えして。あがっちゃって何を言ったか覚えてないけれど、感謝の思いは伝えられたかな…長門さんは私がブログで音楽について書いていることを、どこかでご存じだったみたいで、それもまた、嬉しかった。



フィフス・アベニュー・バンドの唯一作の再発。ワーナー・リプリーズから出た音盤の権利者が特定できず、再発が困難とされたものの、メンバー全員と連絡を取っていた長門さんだから最終的にCD化にこぎつけられた!なんて夢みたいなお話も直接お聞きすることができた。スゴイ。この音楽愛と不断の情熱がなかったら、その後の日本の重要バンドの幾つかは存在しえなかったのでは…と思えるほど。まだ実現しないマジシャンズのゲイリー・ボナーのソロの再発のことも伺ってみたところ、タイガー・リリーのアラン・ゴードン(ゲイリーと共にタートルズ”Happy Together”の作者)のソロ『The Extragordonary Band』同様、権利者がわからず難しいとのこと。でもアランの息子さんとは連絡を取っているそうだ。ゲイリーのソロ、シンガー・ソングライター名盤700』という本で初めて知ったのだった。それは長門さんが入手したものではなく、ピチカート小西さんのアメリカ土産だった、なんていうお話も!



そう、私の仲間内では90〜00年代、「神様仏様長門様」なんていう言葉がありまして。とにかく伝説のレコードの再発やミュージシャンズ・ミュージシャンの来日公演を次々に実現させた長門さん、という印象が強い。でも、伝説にはしてほしくない、ということもおっしゃっていて。併せて、現在の愛のない廉価盤CD(ライナー使い回し)やレコード屋が減っている現状への危機感なども口にされていた。私はCDメガヒット時代に中高時代を送り、ポピュラー音楽が人の手を離れて巨大産業になってしまった実感を感じつつ、町のレコード屋の手売りの人肌みたいなものも辛うじて覚えている。このCDはこのお店で買いたい、というような。ジョン・デンバーラヴィン・スプーンフルのベスト盤CDを買った東京西部・多摩地域レコード屋(今はもちろんない)とか鮮明に覚えてるもんな。お店によっては「これもいいよ〜」なんて色んなミュージシャンを教えてもらったり。そうそう、私が学生だった頃は中古レコード屋さんでそんなお店がまだ結構あった。それも今となっては…ですよね。だから、音楽消費を経済合理性だけで考えたらダウンロードで終わり、となってしまうわけで、それに加えてフィジカルなブツとしての付加価値、ジャケットや歌詞カード、ライナーノーツ…そしてレコード屋という場における情報交換。そうしたものが音楽への愛情をますます加速させると信じている。これは別にノスタルジーでもなんでもない。加熱しすぎた音楽産業の規模が元通りになった今此処で、パイドパイパーハウスに絶え間なく押し寄せる人波をぼんやり座って眺めていたら、こりゃ伝説どころかまさか回りまわって理想的な音楽の未来なのではないか、と思えたりもしたのである。